22 / 36

第20話 信じよう

 レオニアの言葉は、場に似合わず明るかった。  そうすれば全部解決でしょと言うようなものだ。  高瀬のことになると深刻になるレオニアにしては珍しい。 「遊びじゃ無いんだぞ」 「わかってるよ」  高瀬がイライラしたような口調でレオニアに言う。  神谷は宥めるように二人の間に入ったが、レオニアは高瀬をまっすぐに見て話を続ける。 「今さ、二人はいつものようにラブラブじゃ無いんでしょ?喧嘩じゃ無いけど、なんかそんな感じ?大事なことをお互いに言えないでいる。前にもそんなことあったね」  ズバリと核心を突かれ、高瀬と成瀬の動きが止まった。 「でも、前と違うのは、もう恋人だって事。それに、二人とも別れたい訳じゃない。そして、治験には参加した方がいいと思っている。だったら、治験に行った方が良い。僕が、シンシアが壊れないように見守るよ」  そうすれば、コレットの不安も成瀬の決心も揺らぐことがないとレオニアは笑った。 「どうしても無理そうならちゃんと止める。暴走もさせない。それに成瀬くんの不安も、少しシンシアと離れた方が落ち着いて考えられると思うよ」  成瀬は自分の手のひらを見つめて、ゆっくりと握り込んだ。  特別な力があるとは思っていない。  でも、高瀬には必要な何かを自分は持っている。  それは、成瀬が高瀬に与えたいものの一つであることは間違いない。  それが必要ないとなったら、他に何があるのか、今はわからない。  わからないまま一緒に居ても、お互いに気まずいだけなのかもしれない。 「レオニアさんの言う通りですね。俺は、シンさんを撫でる以外に何が出来るのかを考えたいです」  成瀬の言葉は、ダイニングに響いて消え、そしてゆっくりと高瀬の口が開いた。 「……ケン……そんなのは……」 「シンシア、これは言葉じゃないよ。シンシアが思っていることも、成瀬くんから何を言われても今は響かないでしょ。大丈夫、信じよう。成瀬くんのことも、自分のことも」  レオニアは高瀬の言葉を遮ると、金色に変えた強い目で高瀬を見つめる。  高瀬は一瞬、その瞳にたじろいだ。  神谷は、ふっと天井を仰ぐと、堪えきれないと言った様子で笑い出した。 「コウイチ?」 「はぁ……まったく、いつの間に大きくなったんだろうね、レオニアも。僕は安心したよ。朔夜さんに良い報告ができそうだ」  そう言って、高瀬とレオニアを両手に抱え込むと、強く二人を抱きしめた。  高瀬は、その抱擁から抜け出すと、まだ話すことはあると仕切り直そうとする。 「待ってください。問題はまだあります。研究所は山奥です。レオニアが行けるわけがない」 「…………あ……そうだね……」  神谷は額に手を置き、深くため息を吐いた。 「そ、そうね。高い山なんでしょ、何かあったら病院までも遠いんじゃないの?」 「大丈夫だよ。龍樹がいる」 「龍樹は専門医じゃない」 「…………なら……だったら……僕も治験の被験者になれば良い」 「はぁっ?!」  レオニアは拗ねたように口を膨らませながら言った。  その言葉に高瀬の眉間の皺が更に寄る。  コレットも流石にそれは反対のようだ。 「だって……僕も獣人だ。僕も、未来に何か残したい」 「なんの話だ……」 「良吉さんだよ。この先、僕みたいに獣人でも体の弱い人が困らないように、僕だって、良い被験体になるでしょ?」 「ダメよ!そんなこと、絶対に!」  コレットはレオニアの手を掴み、両手で祈るように握りしめた。 「大丈夫、Maman……無理はしない。研究所では発作は起こさない。誓うよ」  レオニアはコレットの手を握り返し、肩を抱き寄せて優しく言う。 「根拠はなんだ。そんな出来もしない約束はするな」 「シ、シンさん……」  高瀬の言葉は流石に厳しすぎるのではないかと、成瀬は声を出す。  しかし、レオニアはニヤリと笑った。 「出来もしない約束はするな……それって、僕が研究所へ行くのを前提にしてくれてるってことだよね?」 「………………いや…、」 「ダメだよ。もうそういう話になってるって事でしょ。ありがとう、シンシア」  レオニアの意思は固いと、高瀬は自分の言葉を後悔して、頭を抱えて大きく息を吐いた。 「仕方ないね、万が一の時はドクターヘリも来られるところだ」 「神谷さん!」 「まぁ、研究所は専門医でなくても医者はたくさんいる。主治医の先生にしっかりと指示書を書いておいてもらうんだ。それと、向こうでも体調のチェックができるようにリモートで往診も受けるんだよ」 「はーい」  レオニアはニコニコと小学生のような返事をして、神谷も苦笑した。  その返事に、成瀬も肩の力が抜ける。 「お前、仕事はどうするんだ。それに、くまさんにもちゃんと報告しろよ」 「わかってるよ。せんせにはちゃんと話す。仕事はどうにかなるでしょ。何ヶ月も行くわけじゃない」 「一ヶ月は向こうだ」 「「え……」」  思ったより期間が長かったのだろう、レオニアと一緒に成瀬も声をあげた。  成瀬は、目を泳がせながら床に視線を落とす。  そんな成瀬の様子を、神谷は目を細めて見る。  レオニアは、どうにかするよと言いつつも、少しだけ顔色が変わった。  高瀬はここだと畳みかける。  しかし、レオニアは一本電話をした後、笑顔になって戻ってきた。 「仕事の方は大丈夫だって〜」 「無理やりそう言わせたんだろ……人使いが荒いな」 「シンシアに言われたくないよ」 「わかった、本当に無理はするなよ」 「はーい」  最終的には、高瀬も折れるしかなかった。  成瀬は鍋に火を入れながら、一ヶ月という期間に小さくため息を吐いていた。

ともだちにシェアしよう!