23 / 36

第21話 双子、研究所へ向かう

 新幹線のプラットホームに来るのは、正月に成瀬の実家に行った以来だった。  あの時とは違い、随分と気候のいい季節になっている。  高瀬は小さなボストンバッグを片手に持ち、もう片方の手はレオニアの腕を掴んでいた。  新幹線のある駅に来るのは修学旅行以来のレオニアは、修学旅行生よりもちょこまかと構内を歩き回り、目をきらめかせていた。 「ねぇ、シンシア!あの新幹線のキーホルダー可愛いね。なんか変身するみたいだよ」 「あれはオモチャだ。車内販売にもある。あまり動くな。迷子になるぞ」 「やだな〜子供じゃないんだから。シンシア心配しすぎだよ」  能天気な声を聞きながら、高瀬は大きくため息を吐く。  迷子だけが心配ではないのだが、それを本人はわかっていない。 「お前、鞄は?」  レオニアの荷物はほとんど無く、財布とスマホ以外は何も持っていなさそうだ。 「荷物は全部送っちゃったよ。持ち歩くと疲れるから」 「……賢明だな……」  高瀬もそうすれば良かったと思いつつも、昨晩一緒にパッキングをしてくれた成瀬の一生懸命な顔を思い出し、ふっと笑う。  初めはしっかりとしたキャリーケースだったのだが、成瀬の手によって最低限の荷物に減らされ、ボストンバッグ一つに収まった。 「あっ、駅弁買って行こうよ。僕、シュウマイのやつ食べたい」  パッと高瀬の手を振り切ってレオニアは売店へ走り出した。 「走るな!」  高瀬はすぐに後を追って、腕を捕まえる。  ボストンバッグになったことで、身動きがとりやすくなって助かった。  レオニアと出かけるのがこんなに大変だったかと、高瀬は不満そうな顔を細い目で見つめる。 「もう乗る車両は来てるんだから、車内で良いだろ」 「シュウマイはここだけでしょ?」 「わかった早く買え」 「シンシアも食べる〜?」 「…………残り物で良い……」 「残らないかもよ?」  いつも半分は残すくせに、レオニアは得意げに笑う。  高瀬は車内で食べかけの弁当が残るのは面倒だとレオニアの残りを食べるつもりで返事をしたが、今日は調子が良いんだよとご機嫌のレオニアは揶揄うように高瀬を見上げた。 「良いから早く買え」  高瀬はまだ新幹線が発車する前だというのに、少し疲れてきた。  営業所の朝礼を終え、開店準備もできて、OPENの看板をひっくり返した成瀬は、空の高瀬のデスクを遠くに見て無事に新幹線に乗った頃かと、想いを馳せた。  レオニアは元気に出発できただろうか、高瀬の荷物は減らしすぎてしまったんじゃないだろうかと細々した心配はあるが、一番は無事に帰ってきてほしいという思いだ。  一ヶ月……。  たった一ヶ月だが、家に帰っても、仕事に来ても当たり前にそばにいた高瀬が居なくなる。  簡単に言えば寂しい。  チラリとスマホを見るが、なんの通知も無い。  画面を暗くして、ポケットへとしまった。  寂しいが、少しホッとしている部分もある。  今日からは、寝る前の気まずさが無いだろう。  成瀬は大きく深呼吸をして、せめて帰ってきた時に仕事だけでもしっかりとしていた事は認めてもらいたいとお客様カウンターで資料の整理を始めた。 「シンシア、車内限定のお菓子だって。アイスもある」 「そんなに食えないだろ」 「シンシアのお弁当が無いから可哀想だなって」 「……それなら、シュウマイを全部食べてから言ってくれ」  高瀬はレオニアが残したシュウマイ弁当の残りを食べながら目を細める。 「それで足りるの?」 「足りない……でも、」 「限定のお菓子と、アイスと、そっちの菓子パンも美味しそう。あと、ジュースもください」 「レオニア……」  レオニアは自分が食べたいものを車内販売で頼み、高瀬にも分けてあげると笑った。  どうせ買うなら食べたいものを言えば良かったと、高瀬は甘すぎるものばかりが並んだ簡易テーブルから目を逸らした。  背もたれにずっしりと体を預けたら、ズボンのポケットに違和感を感じた。  手を入れると、柔らかい布の感触の中に、丸い形がある。 「……あ…………」 「何〜?アイス食べたかった?」  あげるよと、スプーンを向けてくるレオニアに、高瀬はポケットの中身を取り出して見せた。 「あれ、まだ渡してなかったの?そういえば成瀬くんの指には何も無かったね」  レオニアはスプーンを自分の口に戻しながら、スンスンと高瀬の首元を嗅いできた。 「……それどころじゃ無くなったんだ…………」 「………………」  高瀬は返す言葉もない。  この指輪を渡して、成瀬としっかりと話し合っていればまた状況は違ったかもしれない。  不安定な関係のまま離れることに、成瀬は不安を抱いているようだったし、自分自身も不安がある。 「成瀬くんは大丈夫だよ。強い子でしょ?それに、シンシアを裏切るようなことはしない。自分を責めすぎる所はシンシアによく似てるけどね〜」 「ケンに責める所なんて何もないだろ。でもそうだな、悩んでいなければ良い……」 「こういうのはさ、悩めば良いんだよ。僕とせんせはそうしてる。なんとなくいつも通りにしちゃうのが一番良くないよね」 「………………そう、なのか……」 「そうだよ」  七年越しに想いを通じ合わせた二人を知っているからこそ、高瀬は言葉の重みを感じた。 「それなら、近くにいてちゃんと話し合った方が……」 「二人とも悩んだまま話したって、表面上だけの言葉で終わっちゃうよ。シンシアは研究所で得たいものがあるんでしょ?それをしっかり手に入れてから、自信を持って成瀬くんに話した方がいい」  レオニアは高瀬と同じ顔を、したり顔にしながら、アイスのスプーンを咥える。  高瀬は少し黙った後「merci」とだけ返した。 「可愛いねぇ、僕の片割れは」 「…………アイス、よこせ……」 「ふふっ、どうしよっかな〜」 「どうせもう、いらないんだろ」  二人は子供ように笑いながらアイスを奪い合う。  高瀬のポケットの奥には、今は身を潜めるように大事に指輪がしまわれた。

ともだちにシェアしよう!