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第22話 山奥の研究所

 新幹線から在来線に乗り換え、さらに、山道を走る単線の路線に乗る。  景色はかなり山深くなり、新緑に覆われた車窓は心を落ち着かせるものなのだろう。  しかし、高瀬は隣で車両の窓にへばりついているレオニアを見て、大きくため息を吐いていた。 「シンシア、すごい鮮やかな緑だね。手を伸ばしたら届きそう」 「窓開けるなよ!」 「開けないよ。落ちたらやだもん」  30にもなる大人が、座席に膝をつく勢いで車窓にへばりついているのはさすがに恥ずかしい。  他に乗客がいないのが救いだった。  ピンポンと車内アナウンスが聞こえ、しばらくして二人が降りる駅に着いた。 「えっ……あははっ、何も無い!」  一車両しかない電車を降りると、ホームと線路しか無かった。  駅舎も無い駅は、さすがに高瀬も初めてだ。 「これ、お金どうやって払うの?」 「……あれか?」  ホームの端には、やけに近代的な機械がポツンと置いてあった。  ICカードをタッチすれば、運賃が表示される。 「面白いね!改札機のゲートみたいなのじゃ無いんだ。挟まれなくて良いね!」 「普通、挟まれないだろ」 「え、そうなの?……んっ……」  レオニアは話しながらブルリと震えた。  良い天気で日差しは暖かいが、標高が高い分肌寒い。  レオニアは長袖のシャツを着ているが、山の冷たい風が冷えるのだろう。 「ほら、着とけ」  高瀬は着ていた上着を脱ぐとレオニアの肩に掛けてやる。 「大丈夫だよ。シンシア寒いでしょ」 「お前が冷えるよりマシだ。着てろ」  レオニアは半袖になってしまった高瀬へと上着を返すが、強い目力で見られて仕方なく袖を通した。  線路のすぐ隣には並行するように道が通っている。  道の先が研究所へ続いているようで、少し目線をあげたら、建物が見えた。  しかし、かなり急な坂道だ。 「レオニア、登っていけ……るわけないよな……」  坂道の途中でレオニアがギブアップをするのが目に見えた高瀬は、抱えていくには距離があるから、ここに迎えを頼もうと言いかけ隣を見た。 「レオニア?おい!どこいった!」  隣にいると思っていたレオニアの姿はなく、高瀬は焦って視線を回すと少し離れたところから声が聞こえた。 「シンシアー!ここ、研究所に続く階段だって」  見れば、先が丸太階段になっている道がある。  今にも登っていきそうなレオニアを呼び止めるように高瀬は話しながら駆け寄って行く。 「いや、龍樹に連絡してここに迎えに来てもらう。階段なんて登りきれるわけないだろ」 「大丈夫だよ。先行くよ〜」 「レオニア!走るなっ!」  高瀬は駆け寄るスピードを上げたが、レオニアは階段をぴょんぴょんと上がっていく。  こんな酸素の薄い場所で普通に歩くだけでも心配なのに、高瀬は苛立ちながら階段を登る。  すると、階段の中腹まで登ったレオニアが立ち止まってこちらを向いていた。 「どうした?」  動かないレオニアは、遠くを見ていて、高瀬は焦って階段を駆け上がった。  追いつくと、レオニアは小さく「Mon Dieu」と呟いている。  高瀬は体を支えるように抱き寄せて、体調を伺った。 「レオニア?」 「…………綺麗……」 「……何……」  レオニアの視線の方向を見ると、山並みが続いていて、空の青さと木々の緑のコントラストでまさに燃えるような新緑だった。 「すごいね……世の中にはこんなに綺麗な景色があったんだ……」 「そうだな……」 「きっと、もっともっと綺麗な景色があるんだろうね。空も海も遠くの街へも行ってみたいな……」  レオニアの心の中には、おそらく大柄な物理教師の姿が浮かんでいるのだろう。  高瀬は柔らかい表情になるレオニアの腰を引き寄せて、少し冷えている背中を優しくさすった。  高瀬の心にも、成瀬の顔が浮かぶ。  二人で休みを合わせるのは大変だろうと旅行の話は具体的にはならなかったが、いつか成瀬とも旅へ出たい。  きっと成瀬はもっと色々な表情を見せてくれるだろう。  そのためにも、この研究所で高瀬は自分の心と戦う必要がある。  ここから帰るときには、成瀬を強く抱きしめられる男になる。  階段の先を見上げて、高瀬はギュッと手に力を入れた。 「痛い……シンシア……」 「あ、悪い……」 「ふっ、大丈夫。なんか、決意した感じ?」 「……あぁ……」  レオニアは、高瀬の首筋にしなだれるように擦り付いて、匂いを嗅ぐ。  そしてそのまま胸に顔を埋めた。 「大丈夫か?」 「うん……眠くなってきちゃった……」 「………………」  高瀬は、背中に乗れとしゃがみ込んだ。  しゃがみながら、言ったことかという顔を見せるのを忘れない。  しかし、レオニアはもうすでに目を瞑っていた。  レオニアを背に乗せて、残りの階段を上がって行く。  研究所に近付くにつれ、昔から聞いている規則的な寝息だけが少しだけ心強かった。

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