26 / 37

第24話 始まる実験

 被験体『臣・シンシア・高瀬』虎の獣人。  龍樹は、資料を挟んだバインダーを持ち、何度も読んだ文章にまた目を走らせていた。  高瀬は抑制剤アレルギーを持つため、現在使用できる抑制剤は無い。  満月には半獣化し、その衝動は理性で抑えていた。  毎年決まった時期に完全に獣化し一晩で元に戻っている。  自ら半獣化するなど、獣人として本来できるはずのことは出来ない。  これは、特異体質と言うしかない事象で前例は大昔の文献に多少似たような体質の記録がある程度だった。  今回新薬の治験の話が出た際、龍樹は高瀬が一番合っていると思ったが、敢えて知らせはしなかった。  それは、同時に進んでいた半獣化のコントロール実験の被験体にも高瀬の特異体質が合うとわかったからだ。新薬の治験に参加すれば、高瀬の特異体質は調べられ、実験にも参加させようと研究者達は動く。  しかし、タイミング悪く神谷が獣人のコミュニティから情報を得てしまった。  高瀬の情報を見て、研究者達は目を輝かせた。  その気持ち悪い目の輝きに、龍樹は吐き気を感じたが、何の権力もない自分の意見など聞いてもらえるわけもない。  同時に双子のレオニアの存在も知られたが、ごく普通の獣人でサンプルとしては役に立たないと龍樹は静かに言い捨て、何とかレオニアの実験への参加は阻止できた。  レオニアの体の弱さでは実験の参加などさせられないからだ。  本当は感情のままにレオニアを庇いたかったが、それをすれば余計に研究者達の興味を刺激してしまうだろうと、何も使えない対象だと表現するしかなかった。  高瀬達の部屋で朝食を食べながら、龍樹は目の前の高瀬とレオニアを見つめる。 「美味いか?」 「……そうだな……」 「無理しなくていい。特に玲央は食べやすいものだけでもしっかり食べてくれ。必要なら食材は用意する」 「大丈夫だよ。ちょっと薄味なだけで病院より美味しい」 「…………そうか……」  龍樹は綺麗に食器を空にすると、高瀬に錠剤を渡した。  神妙な顔をしてそれを受け取る。  ゆっくりと飲み込めば、時間を見て、龍樹はカルテに記録した。 「僕のは?」 「ない」 「…………僕だって獣人なのに……」 「玲央、それは絶対にここでは言うな。それと絶対に半獣化はするなよ!」 「え……なんで……?」 「何でもだ。今日は昨日の疲れもあるだろ。部屋で寝てろ。脈がおかしいぞ」  龍樹はそう言うと、高瀬に後で迎えに来るとだけ伝え、部屋を出て行った。 「龍樹変だね。僕に触りもしないで脈測ったよ」 「そうだな……でも、今日は一日寝ていることは賛成だ。無理したら発作起こすだろ」 「……わかった……シンシア、辛くなったら戻っておいでね」 「あぁ……」  一時間程して、龍樹が高瀬を呼びに来た。  レオニアは眠っていたから、二人はそっと部屋を出ていく。 「ここからが研究棟だ。半獣化コントロール実験は、このラボで行う」  龍樹についてくると、だんだんとホテルから病院へと雰囲気が変わっていった。  ラボと言われた部屋には、大きな丸いアルミ版が向き合って立てられており、あれは月の代わりだと簡単に説明される。 「臣、おそらくいつもの満月より衝動が強くなる。さっき抑制剤を飲んだから、うまく作用すればコントロールはしやすいだろう。でも……負担が強い時は言ってくれ。無理だと思ったら、このボタンを押すんだ」  龍樹は壁にある緊急停止用の赤いボタンを強調して高瀬に伝える。  高瀬は物々しい装置と、龍樹の雰囲気に真剣な顔でうなづいた。 「じゃあ、この椅子に座ってくれ。満月の光と同じような偏光を照射する」 「あぁ。服はこのままで良いのか?」 「……衝動が強いと破いてしまうんだったな。あまり着せたくないけど、検査着ならある」 「貸してくれるか?そこまで着替えを持ってきてない」 「わかった」  龍樹に渡された検査着を着て、高瀬は照射装置の真ん中の椅子に座った。  部屋の外から、龍樹がマイクで声をかけてくる。  高瀬が頷くと、ブーンという機械音と共に、アルミ版から光を感じ耳鳴りがした。 「まだ半獣化しませんね。照射量を多くしますか?」  検査技師の言葉に、龍樹はゆっくりと頷いた。  検査技師がメモリを上げると、高瀬の呼吸が乱れ出す。  次第に虎の耳と尻尾が現れ、龍樹はマイクに向かって声をかける。 「臣、大丈夫か?」  高瀬は身を丸めながら、片手をあげることで返事をした。  それを見て、検査技師は淡々と観察した結果を言葉にする。 「声は出せないようですね」 「そうだな……だが、これくらいは大丈夫だ……」  龍樹は我慢強い高瀬を知っている。  必死に耐える高瀬を見て、記録にペンを走らせる。なるべく何も考えないように書くことに集中した。  高瀬は座っている椅子から立ち上がって、叩き割りたい衝動に駆られるが、必死に抑え込んで自分の体を抱きしめた。  グルグルと唸る自分の声がまた耳障りで苦しい。 「ケン……けん……」  成瀬の優しい手の温もりを求め、何もない場所に手を伸ばした。 「素敵なバルコニーね。広くて子供も遊べそう」 「そうですよね。お子様も走れる広さだと思います」  成瀬は子供のいる夫婦に物件の案内をして、バルコニーへ出た。  空は清々しく抜けるように晴れていて、深呼吸をしたくなるほど爽やかだ。  夫婦はまだ小さな子供を抱きながら良いんじゃないかと話している。  その様子が微笑ましくて、成瀬は自然と笑顔になった。 「ケン……」 「え?」  突然、高瀬の声が聞こえたような気がして、辺りを見回してしまった。  そんなわけないと、自分の思考を振り払い、家族会議の輪にそっと近付いて行った。  きっと、ここの物件の契約も決まるだろう。

ともだちにシェアしよう!