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第25話 壊れる実験
レオニアは暇だった。
高瀬は毎日、半獣化のコントロール訓練へと行っているが、未だ付き添えておらず、戻ってきた高瀬に話を聞こうにもすぐに眠ってしまう。
すごく疲れる訓練なのだろうと眠っている高瀬を優しく撫でててやるのだが、高瀬は訓練の内容をあまり話してくれない。
自分の体調も考えてあまり部屋の外には出ないようにしていたが、バイタル測定も無いこの環境では入院生活よりもやることが無い。
「……お散歩してこよっかな……」
後で龍樹に怒られそうだが、心の健康を保つのも大事だろうとレオニアは部屋の扉を開けた。
「臣、話はできそうか?」
「……あ、あぁ……」
高瀬は息切れをしながら顔を上げ、龍樹のいる強化ガラスの向こうを見る。
虎の耳と尻尾が現れ、おそらく目は鋭く龍樹を睨んでいるような目つきになっているだろうが気にしていられない。
気を抜けば強い衝動に流されて、龍樹に飛びかかりそうだった。
「では、いつも通りだ。名前と年齢、出身地を言ってくれ」
「し、臣・シンシア……高瀬。30歳……フランスだ……」
「うん。では、指示通りに動いてくれ。まずは立ち上がるんだ」
高瀬はゆっくりと立ち上がり、歩き回ろうとする足に力を入れた。
尻尾だけが勝手に振られて、椅子は倒れてしまう。
ガタンという音に、走り出したくなったが龍樹を見つめることで何とか耐えられた。
「臣、昨日よりコントロールが出来ている。椅子を直してくれるか」
「あぁ……」
ホテルみたいな客室を歩いていくと、だんだんと病院のような雰囲気の場所へ辿り着いた。
レオニアは、急に現実に戻った感じがしてあまり良い気分ではない。
「ここが研究棟だよね……シンシアどこだろう。匂いを辿れると良いんだけど……神谷さんはこういうのも得意なんだよね〜」
スンスンと辺りの匂いを嗅いでみるが、微かに高瀬の匂いがするくらいで、その場所までは分からなかった。
「ここを通ったのは間違いなさそうだけど……あっ、すみません」
レオニアは研究員らしき人へ高瀬の居場所を聞いてみる。
目的の部屋は案外近くだった。
扉を開ける前から、高瀬の唸る声が聞こえる。
「シンシア……」
きっと高瀬は今苦しみながらも頑張っているんだろう。扉を開けずに部屋に戻るのが正解なのだろうが、レオニアはドアノブから手を離せなかった。
レオニアが迷った瞬間に、高瀬の叫ぶような咆吼が聞こえた。
弾かれるように扉を開けると、部屋の奥のガラスの向こうで半獣化した高瀬の姿が目に入った。
「何してるのっ?!」
「玲央っ!」
「シンシアっ!」
レオニアは龍樹の説明を聞く前に、椅子から転がり落ちる高瀬を見て強化ガラスに飛びついた。
バシンという音に高瀬が反応したが、レオニアの姿を見て一瞬目つきは穏やかになった。
「照射量さらに上げていきます」
冷たい声で、検査技師は言うと、操作盤のレバーを回す。
穏やかだった高瀬の目つきが一気に鋭くなり、床に転がったまま背を丸めて苦しみ出した。
高瀬の手がレオニアに向けられ、レオニアはたまらずにラボの扉を開けてしまう。
「玲央っ!ダメだ。ラボの中は危険だ!」
龍樹の静止も間に合わず、レオニアは高瀬に向かって走り出していた。
「実験中止だ!偏光を止めろ!」
「え、あ、はい……えっと……」
驚いて動けなくなる検査技師の代わりに、龍樹は操作盤に駆け寄ってスイッチを切った。
ラボの中では、お互いを庇うように抱き合う高瀬とレオニアがいた。
龍樹は急いで駆け寄り、二人の体に触れる。
「臣、玲央、意識はあるか?」
「あぁ……」
「ぅ……」
高瀬は落ち着いているが、半獣化は治ってはいない。
レオニアは浅く呼吸をしながら高瀬の背中を撫でている。
「臣、玲央を診せてくれ」
龍樹は白衣のポケットから聴診器を取り出し、レオニアの服の中に手を入れた。
高瀬はその様子を見ながら、レオニアの体を龍樹預け、ゆっくりと床に倒れ込んでいく。
「臣っ!」
高瀬の容体も気になるが、緊急性があるのはレオニアだ。
軽く高瀬の体に触れてから、レオニアの体を支え直して、呼吸のしやすいようにしてやる。ずっしりと体の重みを感じると、軽く咳き込みながらもレオニアの呼吸は落ち着いてきた。
龍樹が安心すると、部屋の外から重装備をした研究員が何人も入ってきた。
「実験中止、半獣化で暴走した獣人を取り押さえろ!」
研究員は麻酔銃を構えながらゾロゾロと高瀬を囲む。
「待て!暴走はしていない!もう半獣化も治るはずだ」
龍樹の声は、異様な緊張感に包まれている研究員たちには届かない。
高瀬は抵抗もせずに猛獣用の太い鎖で腕を拘束されていく。
ガチャンという音を響かせながら、作業のように事は進んで行った。
レオニアがそれを止めようと体を起こして声を出す。
「待って……シンシア……だめ、シンシアは悪くない……やめて……」
「動くな、玲央!」
龍樹はレオニアの体を抑えながら、研究員のリーダーへ告げる。
「抑制は成功している。ここでの拘束は人権侵害だ。鎖を解け」
「し……しかし……以前ハイエナの獣人はこの状態から暴れ出しました」
「今は対象が違うだろ。臣、返事をしろ。意思疎通ができることを確認させてくれ」
「あ、あぁ……」
「まだ衝動は感じるか?」
「いや……大丈夫だ。でも、危険なら……」
「危険じゃない。話ができていれば十分だ。わかっただろ、鎖を解くんだ」
「……わかりました……」
研究員のリーダーが返事をして、鎖を解かせた。
レオニアはいつもより感情を露わにする龍樹にありがとうと軽くハグをする。
そして、高瀬に抱きついて、首元に擦り寄る。
「シンシア……」
「…………大丈夫だ……」
高瀬もレオニアの背中に手を回すが、表情は暗いままだった。
龍樹は二人が無事な様子にホッとしつつも、実験の過酷さを痛感する。
そんな龍樹に、研究員のリーダーはそっと耳打ちをしてきた。
「相澤ドクター、被験体じゃない方も獣人ですか……?照射の影響を受けていたように思いますが」
「獣人だが、彼は心臓に持病があって倒れただけだ。抑制剤も効いていて、半獣化のコントロールもできる。ただの普通の獣人だ」
「そう……ですか……」
「彼の話はするな。この実験に余計な情報を入れたくない」
「わかりました」
龍樹はリーダーへ、頼んだと強い視線を送り、高瀬とレオニアの体調確認をもう一度する。
そして、軽くレオニアを小突いた。
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