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第26話 離れていても支え合う
レオニアは、龍樹にこってりと叱られた。
ベッドに寝かされて、耳だけは元気だろうと延々と訓練の危険性について、そしてレオニア自身が研究対象になる危険性についても少ない言葉で聞かされる。
そこで初めて、龍樹が自分を守ってくれていたのだと気付かされた。
「もう、わかったよ、龍樹。ごめんなさい。でも、あの訓練には付き添いたい。もう飛び込んだりしないから、訓練が終わってすぐのシンシアを抱きしめてあげたい」
「……わかった。体調の良い時だけだ」
「ありがとう」
部屋で一人で居させる方が何かと不安もあると龍樹は許可を出したが、結局龍樹もレオニアには甘いのだなと高瀬は小さく吹き出した。
龍樹の説教も終わったところで、レオニアのスマホが鳴り出した。
場の雰囲気に似合わない、森のクマさんの着信音に、レオニアは嬉々として体を起こす。
「寝てろ。パソコン開いてやるから」
着信音で誰だかわかった高瀬は、ビデオ通話用にテーブルの上のパソコンを開き、スマホの通話画面をパソコンから繋げた。
「せんせ!」
『おう、元気か?』
画面には、今人気の名物物理教師、くまらんこと熊井蘭太が映った。
今日は撮影の合間ではなく、家に帰ってきているようだ。
「元気だよ。龍樹とシンシアも一緒にいるの」
レオニアは二人も画面に入れと手招きをする。高瀬は元気じゃ無いだろと呟きつつ熊井に頭を下げる。龍樹も黙って会釈をした。
『なんだ、修学旅行みたいだな』
「そんな生ぬるいもんじゃありません」
『あ、あぁ……そうだな悪かった。龍樹は相変わらず厳しいな』
明るい熊井の声をピシャリと遮った龍樹は、片手で眼鏡を直し、画面に冷たい目線を送った。
「さっきも玲央がラボに飛び込んで危険だったんです。なんでここに来る事を止めてくれなかったんですか」
「それは俺も同感です。山奥なんて危険な場所なのに、レオニアは遠足気分で走り回ります。くまさんが宥めてくれれば危険は減らせました」
龍樹も高瀬も色々な不満を熊井にぶつけた。
ちょうど間が悪かったのもあるが、二人にとっても言いたいことをストレートに言える相手なのだ。
「二人とも、落ち着いてよ。せんせは悪く無いでしょ?」
『いや、悪いのは多分玲央だろ……なんとなく想像がついた。今は本当に元気なのか?』
「大丈夫だよ。龍樹が守ってくれたから」
『そうか……なら良かった……』
「「よくありません」」
レオニアと熊井の会話に、龍樹と高瀬の声が揃う。
熊井は苦笑しながらすまないと小さく言った。
「大丈夫だよ、せんせがシンシアの側について居てやれって言ってくれたから、僕にも出来る事があるって思えたんだ。せんせだけは僕を信じてくれるから」
『当たり前だ。玲央がやりたいなら応援する。もし倒れてもすぐに迎えにいってやる。みんなもフォローしてくれるだろ』
「熊井先生、それでも限度があります……」
龍樹は呆れた声を出すが、もう手遅れかと受け入れた。
高瀬は、レオニアと熊井の会話を少し羨ましく思いながら、レオニアの存在に助けられていることも実感する。
熊井は、何も言わない高瀬に言葉を投げてきた。
『でも、臣も元気そうだな。辛い訓練になると聞いていたから少しホッとしたよ』
「まぁ、はい……」
表情と声が沈んだ高瀬を見て、レオニアは明るく話題を変えようとした。
「シンシアの訓練ね、すごい機械だったんだよ。月の光を再現してるんだって」
『月の光?太陽光の反射か?』
「偏光ですよ」
『そういうことか』
龍樹の言葉に、熊井は大きくうなづいた。
その反応に、レオニアは楽しいことを思いついたとニヤリと笑い、問いかける。
「ねぇ、偏光って何?」
『ん?あ〜光にはな、波があるんだ』
熊井の表情がウズウズとしたものに変わり、楽しそうに話し出した。
『ちょっと待ってろ。縄跳びを持ってくる』
「なんで?」
レオニアの疑問には答えずに熊井は画面から消え、次に広く画角を取って柱に結んだ縄跳びで波を作り始めた。
ブンブンと縄跳びを振りながら、波を作って説明をする熊井に、レオニアは笑い始める。
「せんせ、必死……あははっ……汗かいてる……」
「お前の方が冷や汗出てきてるぞ」
高瀬はため息を吐いて、嬉しそうに熊井の説明を聞くレオニアの背中を撫でた。
龍樹は無言でレオニアの服のボタンを外すと、念の為に持ってきておいたホルター心電図を装着させる。
「ふふふっ……んっ、冷たいよ……」
「大人しくしてろ。臣、このモニターが警告音を出したらボタンを押してくれ。ワイヤレスのナースコールだ」
「わかった」
画面越しの映像がザワザワと動き出したのが見えたのか、熊井は説明を中断して画面に近づいてきた。その顔には玉のような汗が流れている。
『どうした、大丈夫か?』
「あっあははっ、せんせが大丈夫?あははっ……ははっ……」
「熊井先生、離れてください」
『なんだ、俺は劇薬か?玲央、落ち着け』
龍樹の冷たい一言に、熊井はシュンとしたがレオニアの様子には心配そうに画面を覗き込んでいる。
高瀬はレオニアの常備薬を用意しながらパソコンに手を伸ばした。
「くまさん、また後で落ち着いたら繋ぎます。一旦切りますよ」
『あ、あぁ。任せたぞ』
「ま……待って……」
レオニアの静止も虚しく、パソコン画面は黒くなっていった。
「ひど……い……」
「発作を起こさない約束をしただろ。これじゃあ明日の訓練についてこられないぞ」
高瀬はレオニアがコレットとした約束を口にして、ゆっくりと息をするようにレオニアの背中を撫で続ける。
心電図モニターは規則的な音へと変わっていく。
龍樹はレオニアの呼吸とモニターを確認すると、鳴り始めたスマホを取り出した。
「悪い、豪だ」
「あぁ」
「ルル、ちゃん……僕も話したい……」
「大人しくしてろ」
高瀬に抑えられ、龍樹に安静を言い渡されたレオニアはシュンとしながらも大人しくベッドに埋まった。
龍樹はそれを見届けてから部屋を出る。
『あ、たっちゃん?今大丈夫?』
「あぁ、どうした?」
『………………どうしたじゃ無いわよ。シンシアたちが向かってから全く連絡くれないじゃない』
「あ……そうだったな……悪い……」
『何?何か良くないことでもあった?』
「いや……」
龍樹は今日あった事を話し、研究所の不穏な空気も伝えた。
できれば、高瀬には来てほしくなかったことも。
『たっちゃん……大丈夫?シンシアもレオニアも心配だけど、たっちゃんも無理しないでね』
「……あぁ、ありがとう」
ルルの声に、言葉に、龍樹は少しずつ肩の力が抜けていった。
安心する、今すぐにルルを抱きしめてキスをしたいが、それは叶わない。
それでも、スマホから聞こえる声が救いだった。
『私も……一緒に行けば良かった……』
ルルは迷いながらも龍樹を安心させる言葉を選んだようだ。おそらく来て欲しいと言えばすぐに来るつもりだろう。
そう、龍樹も返事をしたいが、ゆっくりと目を瞑って首を振った。
「豪は来るべきじゃない」
『……そう……』
冷たい言い方だったが、ルルには意図が伝わると思った。
そこから、成瀬の仕事の近況を聞き、高瀬に伝えてあげてとルルは明るく電話を切った。
龍樹は切る間際に、「店が終わる頃にまた連絡する。シャワーは済ませておくように」と付け加えて、ニヤリと笑った。
恥ずかしそうに返事をするルルの声に、どうしようもない幸福感を感じた。
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