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第28話 指輪の意味

 高瀬は半獣化コントロール訓練のラボに入り、装置の前の椅子に座った。  レオニアはその様子を強化ガラスの前で見つめている。  高瀬本人よりも緊張している顔つきだ。 「レオニア、座れ」  龍樹はレオニアのために椅子を差し出すが、レオニアは緊張しながらも柔らかく笑い、決意した顔を龍樹に向けた。 「いいよ。大丈夫。シンシアを見守りたいんだ」 「……わかった。無理はするな」  龍樹はレオニアの決意と顔色を見て、そっと背中に手を置き、一緒に高瀬を見つめた。 「臣、始めるぞ」 「あぁ」  龍樹がマイクで声をかけると、ガラスの向こうの高瀬がしっかりと頷く。  検査技師が操作盤のスイッチを押してブーンという音が響いた。  出力が上がっていくにつれて、高瀬の背が丸まり、耳と尻尾が現れる。  レオニアはガラスに手をつきながらも、頑張れとつぶやいていた。 「大丈夫だ、レオニア。徐々にだがコントロールができて来ている。抑制剤が効いているというよりは、臣の力だ。昨日は爪を消すことが出来た」 「うん……わかってる。シンシアは強いから。僕よりもずっと。僕はシンシアを信じてるよ」  レオニアは龍樹に向かって、高瀬の自慢をするように穏やかに笑った。  龍樹はその顔が何となく癪にさわる。 「僕の方が臣を信じている」 「……僕の方が信じてるよ」 「………………」 「………………」  レオニアと龍樹は子供のように言い合うと、目を合わせて吹き出した。  高瀬は苦しい中でも二人の様子に笑顔を向ける。 「シンシアに気付かれたね」 「そうなのか?」 「これ、マイクなくても聞こえてるんじゃないかな」 「じゃあ、今度からは普通に話す」  今日の訓練は大きな成果は見られなかったが、平和に進んでいった。 「シンシア、せんせがさくらんぼを送ってくれたよ。おやつにしよ〜」  研究棟から部屋へと戻り、高瀬が龍樹のバイタルチェックを受けていると、レオニアが受付が預かったという荷物を受け取っていた。 「いや、勝手に食べられないだろ……」 「そうだな。申し訳ないけど諦めてくれ」 「そんな……せっかく旬のものなのに……」 「レオニアが食べればいい。くまさんもそのつもりだろ。ただ、食べすぎるなよ」 「子供じゃないって」  笑うレオニアだが、ラボでの龍樹とのやり取りを思い出して、高瀬は目を細める。 「臣、着替えだ。玲央みたいに荷物を送ってくればもう少し着替えも用意できただろうに」  未だ検査着の高瀬に、龍樹は着替えを渡す。  山奥では新しく購入するのも難しいし、自分の服を貸そうにもサイズが合わない。  あまりにも被験体という風貌になるので、龍樹は高瀬の検査着姿は好きになれなかった。 「良いんだ。ケンが用意してくれたから。十分事足りてる」 「そうか……」  高瀬は満足そうにボストンバッグを見つめて、少し寂しそうな顔をした。  そんな高瀬の様子に龍樹は心の中でため息を吐きつつ、先日ルルから聞いた成瀬の様子を少し伝えてやった。 「そうか、仕事頑張ってるんだな」 「ねぇ、なんでシンシアは成瀬くんに連絡しないの?電話でもしたらきっと喜ぶよ?」 「…………こんな状態で何を話せばいい。それに、声を聞いたら……」  きっと甘えたくなる。  あの優しい手を求めてしまう。  成瀬の力ではなく、自分の力で半獣化をコントロールできなければここへ来た意味がない。 「わかるけど……うん、そうだね。僕さくらんぼ洗ってくるね」  レオニアは言葉を飲み込み、明るい調子で部屋を出て行った。  高瀬は走るなよと、いつものように声をかける。  龍樹も同じことを言おうとしたのか、開いた口を閉じて、高瀬に視線を合わせた。 「昼の薬を取ってくる。昼食はここで一緒に取ろう」 「あぁ……」 「眠いか?」 「……少しな」 「昼食後なら少し眠っても大丈夫だ。今日はもう何もない」 「わかった」  龍樹はそっと高瀬の額に触れ、体温を確認してから、スルスルと頬を撫でる。  その目は友人の枠を超えているが、高瀬はいつものことだと気にしない。  ジッと高瀬を見つめた後、龍樹は立ち上がって部屋を出ていった。  龍樹に触られた頬は多少熱を持ったが、優しい成瀬の手の感触とはやはり違った。  高瀬は着替えをしようと検査着を脱いで、服を広げる。  すると、いつかの指輪の巾着袋が落ちた。  拾い上げて、その口を開けてしまう。  シルバーに輝く指輪は、きっと成瀬の手に似合うだろう。  自分の手で、成瀬の指にはめてやりたい。  高瀬はそっと、自分の左の薬指に指輪を入れてみた。 「やっぱり、小さいな……」  第一関節までしか入らない指輪に、クスリと笑いが込み上げる。  いつも絡めていた手を思い出し、途端に寂しさを感じた。 「ケン……」 「……シンシア、可愛い……」  気付けば、すぐ横にさくらんぼを咥えたレオニアが立っていた。  高瀬は全身の毛が逆立つ勢いで肩を揺らして飛び退き、テーブルにぶつかる。  ガタンと派手な音がしてテーブルが倒れると、龍樹が慌てて部屋に入ってきた。 「大丈夫か?何があった」 「ん?シンシアが可愛いことしてたの〜」  ニヤニヤとレオニアは笑いながら高瀬の左手の薬指を指す。  龍樹は一瞬で察した顔をしてレオニアに部屋を出ようかと提案した。 「裸で指輪をはめるということはそう言うことだろ。訓練の影響かもしれないが、そういう欲があるなら部屋の外から観察させてもらうから、自由にやってくれ。必要なら手伝ってやる」 「するかっ!そんな欲は無い」  高瀬は柄にもなく声を荒げると、テーブルを直して龍樹を睨む。 「無理はするな。ここでは性欲も大事なデータだ。正直に言ってくれて良い」 「正直に言ってそんな欲は無い。あっても絶対に隠す」 「それじゃあ、訓練にならないでしょ?大丈夫、龍樹には僕から言ってあげるよ」  恥ずかしがらないでとレオニアは高瀬の首筋の匂いを嗅いで、今は本当に無いみたいと龍樹に告げた。  高瀬は指輪をしまうと、さっさと服を着る。  自分には無い、感情を嗅ぎ分ける能力は、欲しいとは思わないが、やめて欲しいとは思う。  ガシガシと頭を掻く高瀬に、龍樹はスッと目を細めて言った。 「どんな感情でその指輪を持ち歩いているのかは知らないが、プレゼントは渡さないと意味が無い。首輪のつもりなら渡してくるべきだった」 「首輪……」  高瀬は仙吉からもらった腕輪に触れて、成瀬の能力をまた思い出す。  理央が懐くのも、きっと成瀬の能力の影響なのだろう。  それなら、自分は…………  そこまで考えて、頭を抱えた。  そうではないと証明するためにここに来たのだ。  自分で本能をコントロールして、成瀬本人が好きなのだと胸を張って言うために。 「龍樹、昼の薬をくれ」 「あぁ。飯にもしよう」  何かを明確に決心した高瀬に、レオニアは優しく笑いながらさくらんぼを口に入れた。  熊井にもらったさくらんぼは、もう半分の量になっていたが、二人には気付かれないように残りをそっと冷蔵庫に仕舞い込んだ。

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