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第29話 限界の先

 高瀬の半獣化コントロールの訓練は着々と進んでいた。  弱い偏光の中では、半獣化した耳や尻尾が自分の意思で消せるようになったのだ。 「臣、今日はいつもより出力を上げる。今までの倍だが、実際の満月と同じ程度だ。これで半獣化をコントロールできればもう、満月に苦しむことはない」 「あぁ、頼む」  これまでの成果で、高瀬にも自信がついてきた。  龍樹へ強い目を向けて、頷いた。 「……辛くなったらすぐに言え。無理だけはするな。お前を壊したくはない」 「わかっている」  コントロール自体は出来るようになってきているが、その体力の消耗が心配だった。そもそも、月に一度の満月だから耐えられているものを、毎日同じようなことを続けているのだ。疲弊しないわけがない。  龍樹の言葉は、可能性を見出している高瀬には深く刺さっていないように見えるが、龍樹もこの訓練を進めなくてはいけない。  高瀬のギブアップが無くても、危険なら止めようと思いながら検査技師へ開始の合図をした。  いつもより強い光がラボを照らす。  徐々に上げていくのではなく、初めから強い照射なのかと、高瀬は覚悟を誤った。 「グッ……グゥッ……ガッ……」  一瞬で椅子から床に転げ落ち、検査着に爪を立てて引き裂いてしまった。  荒い息を繰り返す開いたままの口からは、唾液に濡れた牙が生え、何かに噛み付きたくなる衝動を必死に堪える。 「落ち着け、臣、大丈夫だ。昨日みたいにコントロールに集中するんだ」  龍樹の言葉は耳に入ってくるが、頭で理解できない。  爪を見つめるが集中もできない。  繰り返される言葉が耳障りで、目に入った椅子を叩き割ってしまった。  龍樹は椅子を掴み叩きつける高瀬を見て、検査技師に手を伸ばした。 「ダメだ、実験中止だ。このままだと暴走する」  機械の電源は落とされ、ラボを包んでいた光が消えていく。  「玲央がいなくて良かった」  龍樹はそう呟くと、高瀬の様子を診るためにラボへの扉を開けた。 「ふっ……うぅ……来るな……ダメだ……」 「大丈夫だ、臣。もう訓練は終わった。今日は調子が悪かったんだろ。玲央もぐったりしていた。双子はそういう所まで似るんだな」  龍樹は自分でも非科学的なことを言っていると笑いながら、高瀬へと近づいていく。  床にうずくまる高瀬に触れようとした時、反射的に動いた高瀬の手が、龍樹の腕を弾いた。 「痛っ……」  鋭い痛みに龍樹が手の甲を見ると、一筋赤い線が出来ていて、そこから血が滲み始めてくる。 「あ……désolé……悪い……すまない……」  龍樹の血を見て、グルッと鳴った喉に驚いたのだろう、怯えたような目で高瀬は床の上を後退して行った。  その姿に、龍樹の理性の糸が切れる。 「………………Cynthia……」  掻き抱くように高瀬を抱きしめた。  龍樹が抱きしめてくるのは初めてではないが、いつもの冷静な雰囲気と違う龍樹に高瀬は慌てる。  もがいて腕から抜け出したいが、傷つけてしまうかもしれないと思うと動けなかった。   「Lâche-moi !(離せ!)」 「Je ne te lâcherai pas. Cynthia, ne souffre plus.(離さない。シンシア、もう苦しむな)」 「…………た、つき……」 「臣……もう、こんな訓練やめて良い。もう十分だ。これ以上苦しむ必要はない。普通に生活するのが難しいなら、人の目に触れない場所に行けば良い」  龍樹はゆっくりと高瀬の顔を見つめると、優しく唇を合わせてきた。  未だ引っ込まない耳を撫で、もう一度キスをする。 「僕も付き合う。一生側に居て、苦しい思いはさせない」  高瀬は呆然としながら龍樹の言葉と優しい表情を見つめていた。  こんなに感情的な龍樹は見たことがない。 「な、に言って……うっ……ぐ……」  耳と尻尾が消え、その反応で龍樹にしがみついた。  龍樹は高瀬の背中を撫でながら、額に優しく口付けてくる。  しかし、その手の柔らかさはやはり成瀬とは違うものだ。 「龍樹、俺は……ケンが良い……ケンの側に居たい。その資格を得たいから来たんだ」 「………………そう……だったな……」 「力を貸してくれ。まだ、出来る。コントロール出来るまで付き合ってくれ。お前にしか頼めない」 「……玲央にキレられそうだ」 「姿を消すよりかはマシだろ」  龍樹は高瀬のバイタルを手早く測ると、強化ガラスの向こうに戻って行った。  「お前にしか頼めない」この一言は、人生で一番嬉しい言葉だと龍樹は噛み締める。  成瀬は抜けるような青空に、大きく伸びをして休みを謳歌していた。  先ほどショッピングモールで高瀬へのプレゼントを買ってきたのだ。  紙袋の中の箱を見つめ、緩む頬が抑えられない。  貝のように開く箱には包装をしてもらわなかった。  パカリと開けて見せて、格好良く渡したいからだ。  平日の公園は人が少なく快適で、ベンチに座るとすぐそばの木には小鳥が止まり、チュンチュンと鳴いていた。 「気持ち良い天気だよな。お前も元気か?」  小鳥にさえ話しかけたくなるほど上機嫌に見上げれば、その木に黒く動くものを見つけた。  それは、ジリジリと小鳥に向かって動いていく。  身を屈め、ゆっくりゆっくりバランスを取る姿が日の光に当たる。  緑がかった金色の目が光った。 「り、理央っ!」  成瀬がガバリと立ち上がると、小鳥は勢いよく飛んでいった。  黒猫姿の理央が、成瀬に不満そうな目を向けて見下ろしてくる。 「あ、ごめん。じゃなくて、何してんの」  ぴょんぴょんと木を降りてきた理央は、ベンチに飛び乗ると、ふわりと人間の姿に戻る。 「わぁっ!ちょっと!」  成瀬は慌てて自分のパーカーを脱ぎ理央に着せる。  丈が長めのパーカーは、すっぽりと理央の太ももまでを隠してくれた。 「人が少ないからって、無防備すぎ。通報されるぞ」 「別に大丈夫でしょ。何かあったら猫になるし」 「……なるほどな」 「それより、取り逃したんだけど……」 「捕まえようとしてたのか?え、食べるの?」 「いや、遊んでただけ」 「かわいそうだろ!」 「本能なんだからしょうがないじゃん」  理央はシレッと答える。  人間同士の付き合いでは、空気を読むタイプだと思っていたが、理央は結構自由な振る舞いが多い。  成瀬は時々、人間なのか猫なのか接し方に困る時がある。 「何?それ、シンさんのプレゼント?」 「あ、うん。良いの見つけたんだ」 「へぇ、良かったじゃん」 「シンさん、きっと凄い頑張ってるからしっかりお祝いしてあげないと」 「ねぇ、気になってたんだけどさ、電話とかしないの?」  理央は幸せそうに笑う成瀬の顔に若干の寂しさを嗅ぎ取って、話の流れだと聞いてみた。 「……なんとなくさ、したらダメかなって……」 「そっか……でもさ、たまに状況確認じゃないけど、聞いたほうが良いかもしれないよ。苦しんでるかもしれないじゃん?」 「どういう事?」  不穏なことを言い始めた理央に、成瀬は真剣な目を向ける。 「……俺さ、あの研究所から逃げ出してきたんだよ」  理央は緑がかった金色の目を鋭くさせて、成瀬を見つめてきた

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