34 / 37
第32話 黒猫と成瀬の本音
成瀬は、逃げるように部屋を出てきたことを後悔していた。
以前も高瀬の部屋を飛び出した勢いで街中を走り回った。そして、誤解を解く事もせずにすれ違っていたのだ。
しっかりと話し合えばちゃんと解決できるとわかっているのに、どうしてもそれが怖かった。
高瀬を撫でる以外に何ができるのか、この答えが見つからないからだ。
鬱々としながらも理央を探し、中庭の垣根に柔らかそうな黒い毛を見つけた。
理央に今の気持ちを聞いてもらいたい。そんな気持ちもあり、黒猫に話しかける。
「理央、シンさん元気だった」
黒猫は顔を上げるとササッと逃げるように離れて行った。
「え、理央っ!そっち立ち入り禁止になってるぞ」
呼び止めても聞かない黒猫に、成瀬は迷ったが、建物の中から研究員たちの声が聞こえ、他の人に見つかったらかわいそうかと後を追う。
老朽化のため立ち入り禁止と書かれている看板の横を通り過ぎ、古い建物の中へ入って行った。
黒猫はどんどんと階段を登っていく。
成瀬はギシギシと鳴る廊下の床を踏みながら階段を駆け上がり、窓が開いた部屋の奥でようやく黒猫を捕まえる。
部屋には雨漏りの跡があり、開いていると思った窓はガラスが割れていた。
本当に立ち入り禁止なんだと思いながらも、その場に座り、黒猫を膝の上に乗せる。
「逃げるなよ。研究所の人に渡したりしないから。ちょっと聞いて欲しいんだよ」
黒猫を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らし始め、成瀬のあぐらの中に収まった。
「俺さ、何しにここに来たんだっけって思っちゃって。シンさんが満月に苦しまなくなればそれが一番良いって思うのに、そうすると俺の役割がなくなるんだよ……」
成瀬は力を失った仙吉のことを思い出した。
良吉が亡くなって、仙吉の力は成瀬へと引き継がれたと言っていた。
それが、高瀬のために使えるなら。
ただ、撫でているだけだが、高瀬の役に立てているという事が成瀬にとっては嬉しいことだった。
高瀬に仕事は褒めてもらえた。
一緒に暮らして、料理も褒めてもらえる。
夜も、求めれば答えてもらえる事が嬉しかった。
愛されていると思っていた。
でも、それは高瀬の負担になっていて、自制をしなくてはいけない。
そして、満月の日にも必要なくなれば、成瀬の気持ちは、高瀬にとって負担しか残らないのではないだろうか。
「シンさんは、俺とじゃなくても幸せになれるよな。そしたら俺の力だって、誰か必要な人に引き継がれるんじゃないかな。その方が、世のため……?」
そこまで呟いて、会えなかった期間の寂しさが一気に込み上げてきた。
また、一人の時間を過ごさなくていけない。
しかも今度は期限がない。
「嫌……だな……それ……」
成瀬は溢れそうになるものを黒猫を抱きしめる事で誤魔化そうとする。
黒猫が小さくニャアと鳴いた。
「誰と話してるの?ケンチ……」
静かすぎた部屋の中で、突然声がして、成瀬は弾かれるように顔を上げてその方向を見た。
「理央……?あれ……?」
自分の腕の中にいる黒猫と裸で立っている理央を交互に見ながら、頭の中を整理しようとする。
「それ、俺の友達だけど」
「え、あ、そうなんだ……よく似てるな。てか、服っ!」
成瀬は黒猫を離して理央に自分のパーカーを着せる。
「俺が毎回パーカーを着てるって思うなよな」
「別にここなら服着なくても良いって」
「そういう問題じゃないの」
そう言いながらも、こういう事態を想定して、成瀬はパーカーを着てきていたのだが。
理央はパーカーの袖を折りながら成瀬の隣に座って黒猫を撫で始めた。
「そんな俺と似てる?」
「うん、完全に理央だと思った」
「こいつメスだよ」
理央に言われ、尻尾の間を見れば、あるはずのものは無かった。
なんとなく見てはいけないものを見てしまった気がして成瀬は顔を逸らす。
「この子も獣人なの?」
「いや、ただの猫。前はさ、他にも居たんだよ。でも人間のそばだって山の中の生活は大変みたいだね。来て良かった。こいつだけでも連れて帰るよ」
理央は猫の保護がしたくてついてきたようだ。
しかし、想像していたより猫の数は少なかったのだろう、表情はあまり明るくない。
「うちの隣に来たのって、ペット可だから?」
「まぁ、俺が借りるにもそうじゃないとダメだったからだけど、いずれはみんな連れていけたらとは思ってた」
「そっか。じゃあ、お前もお隣さんになるんだな。よろしく」
成瀬は黒猫の頭を撫でながら、優しく笑って受け入れた。
「ケンチ理解ありすぎでしょ。うちの親は嫌がったよ」
「え、なんで?」
「俺が猫の世話なんて出来るわけ無いって……」
「あ〜、それはわかる」
「………………」
理央はコロンと床に転がると、黒猫に腕枕をして成瀬の膝に頭を乗せた。
「で?ケンチは何が嫌なの?多分シンさんと別れることだろうけど」
「っ!?なんでわかるの」
「何もなければこんなところ来ないでシンさんとイチャイチャしてるでしょ。まだ気まずいわけ?」
「気まずいっていうか……」
成瀬は高瀬に言われた言葉を理央に伝える。
理央は半分目を瞑りながら黙って成瀬の気持ちを聞いていた。
「ケンチはさ、シンさん好きすぎるよ。もっと、自分の事好きになれば良い」
「……どういうこと?」
「ケンチがしたいことをもっとシンさんに伝えるの。ご飯食べたいとか、出かけたいとか、エッチしたいとか。俺にはシンさんと一緒に寝たいって言ったじゃんか」
「……それ……言ったら困らせるだろ」
「そう?困ったって言うか、ケンチのためにここに来たんじゃないの?」
「俺のため?」
「ケンチの力さ、俺もわかるよ。甘えたくなる。撫でて欲しい。でも、俺は友達止まりだよ?でもシンさんはさ、ケンチの力が好きだって思いたく無かったんじゃないの?」
「………………え?」
「だから……あっ……」
理央は話の途中で窓際に向かった黒猫の後を追っていく。
黒猫は窓の外の木にやってきた鳥が気になったようだ。
「あれは良い感じの獲物だな……」
「また……やめてやれよ」
「こいつらにしたら重要な食料だよ」
「まぁ、そっか……でもここから狙うの危なくないか?」
成瀬がそう言った瞬間、黒猫は窓の枠を蹴って木に向かって飛んだ。
「うそっ!」
黒猫はギリギリで木の枝に掴まったが、後ろ足は宙に浮いていて、必死に前足でしがみついていた。
成瀬は窓から手を伸ばすが届かない。
ボロボロと窓ガラスの破片が落ちていき、窓枠の赤錆が手についた。
「どうしよう。落ちたら怪我する……」
「大丈夫だよ」
理央はそう言うと、黒猫になって木へと飛ぶ。
理央の方が跳躍力があり、黒猫がしがみついている枝のすぐそばへ飛び移った。
太い枝の上で人間の姿に戻ると、黒猫を抱き上げる。
「良かった……。すごいな理央……あ、服っ!」
成瀬は理央に向かってパーカーを投げようと、窓枠に身を乗り出した。
その瞬間、ミシリと窓枠が音を立て、グラリと成瀬の体が揺れた。
ともだちにシェアしよう!

