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第3話 道野SIDE
クラスの姫、社内一美人、女みたいだとかよく言われるけど、そのどれもなぜ俺に当てはまるのか分からなかった。
今まで出会ってきた女性はみんなふわふわと柔らかそうで綺麗。そういう人のことを言うはずなのに、自分にそれらの言葉が向けられるのは、嫌な気はしないけれど疑問だった。
だから飲みの場で同期の面々が、俺のことを抱けるとか抱けないとか話しているのを見ると、どうせ無理なのに、と思ってしまう。
チラッと右斜め前に座る彼に視線を向けた。焼き鳥のネギを箸でつついている。
彼なら何て答えるだろう。
少しは俺のことをそういう目で見てくれてたりするんだろうか……そんなことを考えていた時、ちょうど隣に座っている彼の友人が話題を振った。
体がビクッと反応する。
彼は困ったように苦笑いを浮かべていた。少し間を置いた後、
「あ……うん、抱けるかな」
その言葉を聞いた瞬間、嘘つき、と思った。
自分の望んでいた答えが返ってきて嬉しいはずなのに、信じることができなかった。
ここはシステムエンジニア系の会社であり、女性社員が少ない。どうせ、女の人に飢えてるから、近くにいるちょっと中性的な人を見てそう思っただけだろう。こんなことなら、ハッキリ無理と言われた方がマシだ。
暗い考えが顔に出ないように、必死に笑顔を作った。
その後は、気持ちがマイナスになっていくのを抑えるようにお酒をあおった。ここでの会話は全て忘れてしまえばいい。そう思った。
気がついた時には眠っていたらしく、次に目を覚ました時には彼の家にいた。どうせお邪魔する機会もこの先ないかもしれない。それなら酔いのせいにしてどうにでもなってしまえ。
俺は部屋を出て行こうとする彼を引き止めた。
「待って……居酒屋で話してたのって、本当?」
「え?」
「………俺を抱けるって話」
顔を上げると、困ったような表情を浮かべる吉宮の表情が見えた。
そりゃあそうだ。同期から、同性から何の脈絡もなくこんな話をされ始めたら、誰だって困惑する。
「俺……みんなから女とよく間違われるけど、ちゃんと男だよ?身長高いし、声低いし、骨格だって女の人と比べたらガッチリしてるし……みんな嘘ばっかり」
どうせあの言葉は嘘なんでしょう?流れ的にそう言わざるおえなかったんでしょう?
だって吉宮なら一番わかっているはず。
こんなに整った顔立ちをしていたら、これまでに色んな綺麗な女性から声をかけられてきたはずだから。
別に女の人になりたい訳じゃない。でも、吉宮に─────
好きな人にそもそも恋愛対象として見られてないのは苦しい。だから、ここで抱けないって言って、俺のことを諦めさせてほしい。君の隣に立つのは俺じゃ無理なんだって思わせてほしい。
「俺、道野のこと抱けるよ」
「え………」
全く想定していなかった言葉に、一瞬思考が止まった。
もしかして、本当に?
いや、違う。
どうせ優しい彼のことだから、俺を悲しませまいと気を使ってくれてるんだ。
「……優しいね。俺に気使って……」
「使ってなんかない。本心だよ。う、嘘だと思うなら試してみる?」
「え………?」
真っ黒に輝く瞳が近づいてくる。とても冗談を言っているようには見えない。近づいてきた彼は、勢いを緩めることなく、そのまま唇を重ねてきた。
「………っ!」
かちん、と歯の当たる音。とても経験者のキスとは思えなかった。
自分は気づいた時から恋愛対象が男で、これまでろくな経験をしてこなかった。初めて付き合った年上の彼氏にはすでに妻子がおり、自分は不倫相手だった。その後はマッチングアプリでその場限りの男を漁るものの、ストーカーまがいなことを繰り返される。
体の経験は増えるものの、恋愛に関してはまっぴらごめんだった。しかし、社内でいつも明るく優しそうに人と接している彼を見て、いつの間にか好きになっていた。
でも彼は誰が見ても惹かれるような容姿を持っていて、きっと彼女がいるだろうと思っていた。経験も豊富だろうと思っていた。だから今初めてキスしました、と言わんばかりのへたくそな口づけが心底嬉しかった。
好きな人とする久々のキス。思わず迷い込んできたチャンス。望んでいた関係ではなかったけれど、それでもよかった。求められるのが嬉しかった。
その後も週に三、四回体を重ねるようになった。彼にとって俺はただのセフレかもしれない。でも、抱かれている時だけは、その強く引き寄せてくれる腕も、優しく見つめてくれる瞳も、柔らかい唇も、全て独占しているように感じられた。あの繋がっている瞬間だけは、彼を一番近くに感じる。
だから、この不安定な関係がいつまでも続いてほしいと願わずにはいられなかった。
*
ゆっくりと目を開けると、目の前には吉宮の顔があった。
「起きた?」
「俺……」
まだぼーっとしている頭の中を何とか回転させて、この状況を把握しようとする。確か仕事が終わった後に、家にお邪魔していつもみたいに体を重ねて、それで………
「もしかして、今日疲れてた?最後のほう、ほとんど意識とんでたし」
「あ……ご、ごめん。もしかして寝ちゃってた?」
ただのセフレだからと、迷惑にならないようにし終わった後はすぐ帰るようにしていた。それなのにまさか寝てしまったとは。申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。
けれどここでも彼は優しくて、泊まってく?なんて優しい言葉をかけてくれた。一瞬、心が舞い上がる。もしかして俺のことを心配してくれてるのかな、なんて思ってしまった。でもよく考えてみれば、彼のことだから相手が俺じゃなくてもそう言うんだろう。
「もうそろそろ日付超えるし、今日は泊まってく?」
「いや……申し訳ないから、帰るよ」
本当は朝まで一緒にいたい。同じベッドで布団にくるまり、おはようって隣で言ってほしい。けれど、これ以上彼に迷惑はかけたくなかった。
ただでさえ誘うときの連絡は俺の方からしかしたことがない。断らないということは、この関係が嫌ではないのだろうが、本心はわからない。
まだ気だるげな体を持ち上げてベッドから這い出た。床に脱ぎ捨てられた下着に手を伸ばし、足を通す。
この服を着ている瞬間が、魔法が解けていく時間に感じる。さっきまで幸せな時間を過ごしていたのに、現実に戻されていくような感覚。
嫌だな、帰りたくないな。そう思った刹那、後ろから強く引き寄せられた。吉宮の洗剤の良い匂いがふわっと香ってきた。吐息が耳にかかって少しくすぐったい。
もしかして、まだ一緒にいたいと思ってくれてる?微かな期待を胸に、彼が次に何を言うのか待った。
「……また明日ね」
静かに告げられた。何を期待してたんだか。吉宮も俺とまだ一緒にいたいと思ってるなんて、勝手に期待して恥ずかしい。
「うん、また明日………おやすみ、吉宮」
出来る限り明るく、笑顔で言って家を出た。
自分の家に着いた瞬間、バタンと音を立てて閉まった扉を背に、しずるずると座り込んだ。
「どうして俺らは体だけなの………」
部屋の中に静かに響いた問いに、答える声はなかった。
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