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第2話 第一章(1)
肌に突きさすような冷たい空気が集中しろと訴えかける。トリガーに指を掛け、その時を待つ。ターゲットが誰かは知らない。その男の写真、いつ、どこで、仕留めるか。知らされているのはそれだけだ。必要とされているのは的確に仕留めるこの腕だけ。
通りを行き交う車の音も、冷たく吹く風の音も聞こえない。脳内に流れているのはレクイエムの「賛美の生贄と祈り」の章だ。男がホテルの部屋に現れた。冷たい風が頬を掠める。静かに息を止め、トリガーを引いた。
弾丸が窓に小さな穴をあけ、蜘蛛の巣のような模様が散らばった。男の額に穴が開き、後ろ向きに倒れたのを確かめ、ドラグノフVS-121の改造銃を素早く解体する。ライフルは小さくなり、小さなバックパックに収まった。
何事もなかったようにそこから立ち去り、指定されたティーサロンに向かう。先進国には必ずあるアメリカのチェーン店でブラックティーをオーダーし、バックパックを足元に置いた。
前の席に座った男が、全く同じバックパックを床に置いたのを意識の隅で確認し、ブラックティーを飲み終えるとその男のバックパックを掴み席を立った。
プラハの観光名所クレメンティヌムに立ち寄り、カレル橋を渡り観光客を装いながら滞在先のホテルに向かった。
部屋に着くとバスタブに湯を溜め、全身を洗う。浴室を出ると黒のカシミヤのタートルネック、ツイードのスラックス、それとお揃いのロングコートを着る。
身に着けていた服をブランドのマークが入ったショッピングバッグに入れると、荷物をまとめてチェックアウトした。
露地に出ると目に入った浮浪者に服を与えていく。
そうしているうちにショッピングバッグは空になった。使っていたシープ革の手袋も与えると、今やただの紙袋をダストボックスに捨て駅へと向かう。ここからまずドイツのニュルンベルクへ電車での移動となる。そこからさらにミュンヘンへ向かい日本へ戻ることになる。
ちらちらと粉雪が降り始めたチャコールグレイの空を見上げる。心は静寂だった。脳内にはまだレクイエムが流れ続けていた。
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