羽田空港、オーダーメイドのスーツにカシミヤのコート。寒の戻りで気温が下がった３月、外資系のエリートリーマン風の黒木(くろき)龍一(りゅういち)、コードネーム黒龍(こくりゅう)は到着ロビーに着くと、駐車場へ向かった。 　紺色のボルボに乗り、埼玉へ車を走らせる。 　黒龍が所属する「True Blueトゥルー・ブルー」と呼ばれる組織は、国際的に活躍する備兵派遣会社だ。ヒットマン＝暗殺者も扱う。黒龍は主にヒットマンの仕事を受け持っていた。　トゥルー・ブルーにはフランス外人部隊で仲間だった６名が所属している。隊長だったレンが現在も仲間のトップで、日本に本部を置き、指示を出していた。 　黒龍は世界トップファイブに入るスナイパーだ。同時に銃専門武器ディーラーでもある。 羽田から埼玉の秩父まで２時間弱のドライブ。３０分ほど曲がりくねった山道を走るとそこは会社の敷地になる。道なき道を通り、門らしき前までたどり着く。車から降り、門の横に設置されているカメラに笑顔を向けた。暗証番号を押し、虹彩認証の為に顔をセンサーに近づける。 「reseperint retro(お帰り)」 「domi ad sum(ただいま)」 　言語はラテン語だ。ここで声紋認証を通ると自動的に門が開く。 　車に乗り込み、門をくぐった。地下駐車場へ車を走らせる。指定場所へ駐車すると、扉の横にあるパネルに同じように虹彩認証と暗号を告げて声紋認証を通ると通信部屋に通ることが出来る。 「お疲れ、黒龍」 　カフェ色の肌、鷲鼻に大きなチョコレート色の瞳を持つアルジュンが黒龍に振り向き、ラテン語で迎えてくれた。 　ここでの常用後はラテン語で、アルジュンはインド人だ。 「ただいま。いま、ここにいるのは？」 「ウルフだけ。白蛇(はくじゃ)は明日帰ってくるよ」 　黒龍は頷いた。仲間の中でも特に相棒の白蛇とウルフは親友と言えるほど仲が良かった。ウルフがいることに黒龍の気分が上昇する。 「レン隊長が、次のミッションの件で話があるらしい。夕方には戻ってくるよ。あ、それから腹が減っていたらカレー、あるよ。好きな時に食べて」 　アルジュンが作ってくれた本格派インドカレーだ。黒龍の顔が緩んだ。 「まじ？　体動かしたら食べるよ」 　アルジュンがクスリと笑う。 　黒龍はそのまま指令室を出た。アルジュンは脚を怪我し、今は現場を離れ指令室での任務をメインにこなしていた。 　黒龍は２階の自分の部屋に戻るとスウェットに着替えトレーニングルームへ向かう。任務を終えた後、とにかく体を酷使しなければアドレナリンが収まらないのだ。次の任務への切り替えの為にも必須項目だった。 　トレーニングルームに入ると、ウルフがバシッっと鋭い音をさせサンドバック打ちをしていた。動きを止め入ってきた黒龍にブルーグレイの瞳を向ける。汗だくの顔は赤く、ハニーブロンドの髪は濡れて肌にこびりつき、束になった房から汗が滴り落ちている。 「励んでんな」 　黒龍の方が先に声をかけた。 「ああ、任務お疲れ。いつでも相手してやるよ、黒龍」 　格闘の相手を受けてやるという意味だ。黒龍は片手をあげ、それに笑って答えるとストレッチに入る。それから筋トレをする。格闘の相手がいない場合はウルフのようにサンドバックを相手にするのだが、今日はウルフが相手になってくれる。 　ウルフもエネルギーを持て余しているようだ。これは楽しくなりそうだと黒龍はほくそ笑んだ。