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第19章 第四章(3)

「ちょっと、まだ開店してないんだけど? 5時に来るなんて、連絡してくれなくちゃあたしがいないかもしれないじゃないの!?」  純奈は赤いレースのチャイナドレスに豊満な肉体を包み、妖艶にほほ笑みながら嫌味を言う。世羅は我関せずだ。 「俺の気まぐれに付き合うのも興奮するだろ」  純奈の細い腰を引き寄せいきなりのディープキス。それを目のあたりした黒龍はげんなりした。  店内を見回すと、カウンターで作業をしているウルフが目に入った。それを無視し、ホステスたちを観察する。一人目に留まった女がいた。ハニーブロンド、人形のような象牙色の滑らかな肌、アイスブルーと呼ばれる透明度の高い薄いブルーの瞳。ロシア女性の典型と言える。  黒龍は彼女に近づいて行った。人の気配に敏感なのか目の前に辿り着く2メートルほど前で彼女が振り返った。即座にその表情が凍り付いた。人が恐怖に囚われ表情に現れる様を日常茶飯事のように見て来た黒龍にはごまかせない。彼女は黒龍を見て確かに息を鋭く吸い、表情を硬直させた。しかし、気丈にもすぐに立ち直り、わざとらしいと言えるほどの満面の笑みを作った。 「いらっしゃいませ」  日本語だ。 「名前は?」  挨拶もなしに単刀直入に聞かれたことに驚いたのか、それとも、恐怖の余韻で混乱しているから言葉に詰まったのかはは黒龍にはわからない。だが彼女が怯えていることは肌に突き刺さるように感じていた。 「ナタリア」 「ナタリア、言い名前だ。以前どこかで会ったかな?」  息がかかるほど近づき腰に手を回し、ぐっと引き寄せた。相手の体温や鼓動も感じるほど密着している。ナタリアは平常心を保とうとしているようだがその体は硬直していた。 「いいえ」  明らかに引きつった笑顔を黒龍に向けて否定した。 「ふうん。俺の顔を見て驚いたような表情をしたからさ」 「あらぁ、あなた、ナタリアが気に入ったの?」  純奈が意味深にほほ笑みながら近づいて来て、ナタリアを抱きしめるようにして立っている黒龍の顔を覗き込んだ。 「女には興味はないよ。彼女が俺の顔を見て驚いたような表情をしたから知り合いなのかと思っただけさ」  純奈が考えるように首をかしげる。 「そりゃそうじゃない。あなたKGB長官に瓜二つだもの。ロシア人なら誰だってドキッとしちゃうわよ」  純奈は意外とあっさりそう言った。よく考えてみると、ブラトーバとヴォルコフは裏で繋がっている。ブラトーバと組んでいる世羅の店にロシア美人が働いていると言う事は、ここにいるロシア人はブラトーバ経由で日本にやってきて使われているに違いなかった。そんな彼女たちはもちろんKGB長官ヴォルコフの顔は知っていて当然だろう。

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