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第11話 第三章(2)
世羅が向かったのは会社があるビルの地下にある定食屋だった。ランチは3パターンしかなく、5分も待たされずにオーダーしたものが出てくる。
3人それぞれ違う定食をオーダーした。
「それで、率直に聞きくけど、松尾組、ブラトーバ以外にあんたを狙う奴はいるのか」
世羅は無表情のまま視線を黒龍に向けただけなのでその表情から心を読むことはできなかった。
「さあな」
低く太く響く声。どこもかしこも男性的な世羅に軍人上がりの黒龍さえ圧倒されてしまう。
「今のところ、注意が必要なのはその2つでしょうね」
冷静な声色で志野が言った。
「ブラトーバが手を出してくるとは思えないけどな」
「それはなぜです?」
志野が疑うような視線を黒龍に向けた。
「それはつまり、ビジネスの場所はほかにも山ほどあるからだ」
「いえ、それは違う。ブラトーバはうちを使いたがっている。なぜなら時期東陣会組長は桐生だからだ」
志野の言葉を分析してみる。確かにその可能性がないわけではないが、なぜそう確信をもって桐生が時期組長になると自信を持って言えるのだ?
「まるで桐生が時期組長ともう決まってるみたいな言い方だな」
黒龍が言い終わると今まで黙っていた世羅が吸い込まれそうなほど暗い瞳を黒龍に向けた。
「お前はヤクザの世界を知らないからな。ヤクザの世界は金だ。上納金が多ければ多いほど力を持てるし大事にされる。桐生は若頭補佐だが、たぐいまれなカリスマ性がある。松尾は年を食ってるだけ、昔気質が抜けずに暴力で力を誇示しようとする。あれでは駄目だ。嘉納組長がトチ狂って松尾を押したとしても、俺は何としても桐生を組長にさせる」
「させる? 自分の力で組長にのし上がらせることが出来ると?」
傲慢な世羅の言葉が何故か癪にさわった。それほど桐生に惚れ込んでいるのだと思うと更に苛立ちが増す。
「ああ、まぁ見てろ。俺が桐生の後ろにいるのが目障りなんだよ、松尾は。だから俺を消したがってる。ブラトーバも桐生が組長になれば、日本市場を牛耳れるとでも思っているんだろう。だが、そうはさせない。危険分子は手に負えなくなる前に切るに限る。だから俺はブラトーバと手を切り、トゥルー・ブルーと手を組むことにしたんだ」
片方だけ口角を上げ目を細める。何か企む男の表情。さもなくば、人を馬鹿にした表情にも見える。どちらにしても全て思惑通りになると本気で思っている。そう出来る力がある自信に満ちた男の表情には違いない。
「ところで、あんたの女にも会っておきたいんだけど」
志野の方が箸を止め、黒龍の方へ鋭い一瞥を投げつけた。その横で世羅は平然と言い放つ。
「ああ、いいだろう。今夜俺の部屋に来る。その時に紹介しよう」
「店にも連れてってくれる?」
わざと軽い調子で訊いた。
「黒龍、つけあがるな」
志野のお怒りを買ったようだが、世羅はここで初めて眉を上げ、興味深いと言うような表情をした。そんな顔にも男気が溢れていて目が離せない。
「ああ、近いうちにな」
「世羅さんの行くところには同行する。プライベートであれ何であれ、一人で出歩かないように見張ってるからそのつもりで」
黒龍も世羅を真似て片方だけ口角を上げ目を細めて意味深に世羅の目を見つめた。世羅の瞳は飲み込まれそうなほど黒く、まるで心の闇を見せられたような気がしてゾクリとした。
一筋縄ではいかない男。
今まで会ったどんな悪党よりも、深い何かを抱えている。それを知りたいような、知りたくないような。関わらない方がいいと直感は告げている。しかし世羅への興味は大きくなるばかりだった。
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