12 / 73

第12話 第三章(3)

 オフィスに戻ると、世羅は直ぐに社長室に入り、ドアを閉めた。  社内は100平米ほどの広さで社長室は35平米あるかと思えるほど広い。残りのスペースに、志野の机、その対面に田中と的場の机がある。真ん中に円形のテーブルがあり、4脚椅子があった。そこに黒龍は座り、使っていいと渡されたノートパソコンでトレーニングメニューを作りながら、志野の様子を観察していた。  志野は世羅に心酔しているのは明らかだ。この二人はやはりできてるのだろうか? そんな妄想が膨らんでいく。世羅はどう見てもノンケだ。ウルフが言っていた通り、残念ながらひとかけらのチャンスもない。しかし、志野は? どことなく匂う。黒龍自身ゲイセンサーが敏感なわけではない。相手を探すのはもっぱらゲイバーか、発展場と呼ばれるゲイが集まる場所に限った。  仲間とは絶対に寝ない。それを信念にしているが、今回は仕事相手で仲間ではない。もし世羅を落とすチャンスがやってきたら。その可能性は至極低いとしか言えないが、そんな喜ばしいチャンスは全力で掴むことにする。躊躇は許されない。  ――何でこうもそそる男はノンケなんだ?  余計なことを考えていると、目の前に影が差した。いつの間にか志野が傍に来て椅子に腰かけていた。  顔を上げ目を合わせる。 「何か質問があればどうぞ。今田中も、的場もいない。その間にどうぞ」  これは驚きだ。友好的な態度に警戒心が増すばかりだが、それを顔には出さない。無表情を装い、椅子に背をもたせ掛けて腕を組み考えるふりをする。 「あのさ、志野さんと世羅さん、できてんの?」  志野の表情が面白いほど険呑になった。 「何度も言わせるな。そんなわけないだろう」  これで少し肩の力を抜いて話せるだろうと、黒龍はほくそ笑んだ。 「OK。じゃあ世羅さんの相手は純奈って女だけ?」 「そうだ」  即答だった。世羅のプライバシーな話はさっさと終わらせたい。そんな感じだ。 「ふん。ヤクザってさ、組長さんが亡くなったら必然的に繰り上げするんでしょ。当然若頭か、若頭補佐が組長に昇格したら、その後の椅子は誰の者になるわけ?」 「世羅だ。世羅が若頭補佐、もしくは一気に若頭だな」 「なるほど、それをよく思わない奴はいるってわけだ」  志野も同じように腕を組んで視線を合わせてくる。不服そうな表情だ。インテリがむすっとした表情になるとなかなかエロい。 「橘組の組長は野心家でな。世羅のことを毛嫌いしている。そして当然松尾派だ」 「なるほど。これでまた増えたな。ところでさっき世羅さんが言ってた、ブラトーバを切る理由。あれ、ほんと? ちょっとさ、理由としては弱いよね。桐生が組長にならなくても松尾に取り入れば松尾の方も金ズルが飛び込んでくるわけだし、ブラトーバにとっても操りやすいでしょ」 「そういう簡単な問題じゃない。ブラトーバは世羅を離したくない。なぜなら桐生のナンバーツーで桐生が組長になればもっと力を発揮できるとわかってるからだ。世羅を買っているからこそ桐生が組長になることを望んでる」 「ふぅん。そのブラトーバの執着が今の段階で邪魔になったってことか」  志野が頷いた。 「簡単に言えばそうだ。世羅はほとんど社長室にこもって仕事をしてる。その間、田中と的場の訓練を頼む」  志野が早々に話を切り上げた。 「了解」  自分の席に戻る志野の背中を眺めながら黒龍は今の会話を分析し始めた。

ともだちにシェアしよう!