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第15話 第三章(6)

 世羅のキスシーンが脳裏にこびりついたまま離れない。嫌立ちは更に強くなりムカつきながら世羅の部屋を追い払われるようにして立ち去った黒龍はエレベーター横にある階段を下りた。そこは2部屋しかなく、Aの部屋は丁度世羅の玄関と同じ場所にあった。  インターフォンを押すと、すぐにドアが開き、スーツの上着を脱いだYシャツとネクタイ、スラックス姿の志野が顔を出した。 「本日の業務終了、上がっていい?」 「ああ、もう帰っていい」 「いや、そう言う意味じゃなくて部屋に上げてっていう意味なんだけど? わざとだよね? いまの」  志野の顔を見ていると少しだけ苛立ちが穏和される。とにかく気分転換が必要だった。 「まったくしょうがないな」 「じゃ、お邪魔します」  志野が玄関を通してくれたので、遠慮なく靴を脱ぎ上がる。料理をしていたのかおいしそうな匂いにお腹が勢いよくなった。 「へぇ自炊してるんだ」  廊下を歩くと左側にドアがあり、少し開いている隙間からちらっと除くと寝室らしかった。そのまま通り過ぎると右手にキッチンがある。 「焼きそばだが、食べるか?」 「えっ? いいの? 焼きそば大好き。じゃあ遠慮なく!」 「ビールは?」  言いながら二人分の麺を取り出しフライパンに入れる。 「あ、俺、自分ちでしかアルコールは飲まないんで」  おやっと言う様に眉を片方だけ上げ志野は黒龍を見た。 「この前バーで会った時は?」 「あ、あれ? ウーロン茶。あそこ馴染なんだよ。飲めないって言ってあるからさ、ウィスキーみたいにしてウーロン茶入れてくれるんだ」 「なるほど、しかし、アルコールが飲めないわけじゃない」 「飲めるよ。たださ、外には敵が一杯だからさ。何が起こるかわかんないし、特に頭をしゃきっとさせておきたいからね」  これは黒龍の本心だが誰も本気にすることはない。そもそもビール1杯で酔うわけもないのだが気持ちの問題だった。 「意外と真面目なんだな」  皿に焼きそばをよそい、カウンターテーブルに置きながら志野が言う。冷蔵庫からビールを取り出しカチッとプルタブを開けグラスに注いだ。  カウンターテーブルに横並びに座る。第一印象ではとっつきにくい感じだったが、どうやら志野は面倒見がいい人柄らしい。 「そういえばさ、ここ、会社が持ってるんだったら田中や的場もここに住んでるの?」 「いや、世羅と私だけだ」 「ふぅーん。世羅さん、掴みどころないよね。得体のしれない闇を抱えてるかと思ったら、俺の前で堂々と女といちゃいちゃするし。黙ってたらあのままやりそうだったよ」  志野が口元まで運んでいた箸を止め視線だけを黒龍に向けた。ゆっくりと箸を下ろし、今度はグラスのビールを一気に飲み干す。 「私の前でもそんな感じだ。気にするな。純奈自体誰の前でも平気だからな」 「ふぅん、俺はゲイだからさ。好みの男が女といちゃついてたらムカつくんだよ。だから志野さんの顔を見て気分を紛らわせようと思ったわけ」  志野は宙を見つめ考えている様子だ。 「ふん。まぁそれはご愁傷様だったな。世羅を落とせる可能性はないに等しい。諦めろ」 「ははっ」  黒龍の笑い声が静かな部屋に響き、一瞬にして我に返って笑い声をひっこめた。 「志野さんて、冷静沈着に見えて、慣れてくると表情豊かだよね。はっきり言うところも好きだな。俺もここに引っ越してこようかな。そしたら、世羅さん送った後ここで飯食って部屋に戻って、それから世羅さんが一人の所を夜這いしてやる」  プッとビールを噴き出した志野を見て、笑いが止まらなくなった。

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