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第27話 第五章(6)

 純奈の方に視線を向けたまま凍り付いたように硬直していた黒龍は次第に瞳に映る純奈の顔と、封印していた記憶の中のレイラの顔を重ね合わせた。 「レイラ……、まさか、あんたは……レイラ?」  純奈はオレンジ・ブロッサムを飲みながら視線を宙に彷徨わせている。 「やっと思い出したのね。すぐにばれると思っていたのに」  喉を鳴らしながら笑う純奈を黒龍は凝視した。その視線を感じたのか黒龍の方へ視線を向けにっこりと笑った。 「レイラ、ヴォルコフの女……」  そう、レイラは、いや、今は純奈か。ヴォルコフ――父の女。現在進行形なのか過去形なのかは知らないが、危険な女には違いない。 「そうね、そう言う時期もあったけど、あたしはもう少し使える女だったわけ」  意味深な視線を向け笑う。黒龍はこの話の行く先を早く確かめたくて仕方なかった。  直観に沿ってシナリオを組み立てていく。 「あんたは今でもヴォルコフの手下。つまり世羅を見張るために日本に派遣された。あの店は表向きは世羅の店だが、ブラトーバが裏でロシア美人を送り込んでるんだろう」  いきなり甲高い声で純奈が笑い出し、黒龍は驚愕のあまり仰け反った。 「そのとおり! あんたっていい勘してるのね」 「それはどうも。そうとわかったら、はっきりさせたいんだけど、あなたは、ヴォルコフのスパイで世羅を見張っているのが任務。ブラトーバにも雇われているってことは、つまり俺にとっては敵ってことなのか?」  純奈がまた意味深にほほ笑んだ。黒龍の首に手を添え引き寄せる。耳元に唇を押し当て囁いた。 「表向きはそう。だけど、あたしはどっちにもついていない。世羅を愛してもいないし信用もしてない。必要とあれば世羅の寝首をかくこともする。ヴォルコフにしても同じ。チャンスがあればやってたわ」  本当だろうか? 黒龍には純奈の心を読むことはできなかった。 「なるほど。もし、世羅を殺ったら俺に必ず殺されることを忘れるなよな」 「当然ね。あ、一つだけ言っておいてあげる。世羅はヴォルコフを憎んでる。それも相当深く。でもあたしにしたら憎しみは愛と紙一重よ。憎んでいるのか愛しているのか世羅本人にもわからないのよ。そんな因縁の相手にそっくりなあなたに世羅が欲情することもあるかもね。それは怒りに任せてかも。その時は相当ひどい目に遭うわよ。それでも世羅を落としたいなら、応援するわ」  捨て台詞のように言い放つと純奈は立ち上がった。 「ごちそうさま。また来ていいかしら?」  にっこり笑ってそう聞いて来る。女はやはり怖い。それが黒龍の今の気持ちだ。 「いつでもどうぞ」  純奈は颯爽と部屋を後にした。ドアが閉まる音に我に返り、鍵を閉めるためにドアの前に向かった。かすかに残る純奈の香水の香りが鼻腔を掠める。  レイラ、過去の幻像がまた脳裏をかすめた。思い出したくもない過去だ。  息が出来ないような苦しみに襲われる。レイラ、母のように優しくて、何があっても彼女は 自分を守ってくれると信じていた。記憶から抹消したはずのロシア時代の亡霊が蘇ったようで寒気がした。  純奈の言葉が脳裏をよぎる。  世羅を誘惑してみろと、純奈は黒龍にけし掛けたも同然だ。純奈はヒントをくれた。世羅が強い憎しみを抱くヴォルコフにそっくりな自分に怒りを向けさせ、凌辱させるように仕向けることだと。  純奈との会話を辿っていくが一体何を企んでいるのかわからない。世羅にもヴォルコフにも忠誠を誓ったわけではないと暗に彼女は告げていた。二人の寝首を掻くこともあり得ると。世羅に対して可能でも、彼女がヴォルコフを裏切るとはどうしても思えない。  レイラのことを信頼し、彼女だけを頼っていた子供時代があったとしても今のレイラを黒龍は信用することはできない。一つ間違えれば敵にもなりえる女だ。  レイラを世羅から遠ざけなくてはならない。

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