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第34話 第六章(2)

「ねぇ……世羅となんかあった?」  耳朶に息がかかるほど接近し囁くようにそう聞く。 「あんた、世羅と俺を挑発して、いったい何を企んでる?」  純奈がどことなく満足した風に、肩から手を離し、体を元に戻した。 「ふたりが出来上がれば面白いことになるんじゃないかって……期待してるのよ。もしかしたらヴォルコフがトチ狂って乗り込んでくるかもしれないじゃない。あたしとしてはね。いい加減こんな茶番は辞めたいのよ。何年やってると思う? 今じゃあたしはクラブのママで女の子たちを売りさばく魔女が本業みたいな気がしてるの。世羅もいい加減カタを付けたいだろうしね」  純奈が黒龍の方に向いたと同時に黒龍も無意識のうちに彼女に視線を向けていた。二人の双眸が重なる。 「ヴォルコフを暗殺するためなら、そんな回りくどいことしなくてもうちの組織に依頼すればいいだけだろ。金がないとは言わせない」  純奈が肩を上下させ、視線を外した。 「そんな簡単に済む話じゃないのよ」  まるでデジャヴだ。世羅も同じことを言われた。 「世羅にも全く同じことを言われたよ。奇妙な一致だな」 「それが事実だからよ。ま、あなたを巻き込んだのはあたしで間違いないわ。世羅から聞いたんでしょ。あたしがヴォルコフの息子を使えばいいって提案したこと」 「ああ、今んとこあんたの思い通りに事は運んでるよ。あんたを敵には回したくないね」  愉快そうな彼女の笑い声が個室に響いた。 「それはどうも、あたしは昔からあなたのことが大好きだったのよ。今も大事に思ってるわ」  黒龍はそれを聞くともう話すことはないとでもいう様に立ち上がり、純奈と視線を合わせた。 「俺もあんたが好きだったよ。亡くなった母の面影と重ねてた。レイラがママになってくれればと願い続けてたよ」  純奈が何か言う前に黒龍は部屋を出て、店を後にした。  少しずつ、パズルのピースが、少しずつ埋まっていっているような気がする。まだ全貌は見えない。世羅と純奈が言った言葉が真実なのだと直感が告げていた。  ――そんな簡単に済む話じゃない。  その言葉の裏にある真実を知りたいようで怖いような気もした。  主要道路に出て流しのタクシーを拾う。今日はこのままマンションに帰ることにした。  タクシー運転手に住所を告げシートに深く腰掛ける。  今朝、世羅は昨晩のことなどなかったかのように普通だった。体に鈍痛がなければ夢だと思い込むことも可能なほどだ。  いつものようにマンションの部屋へ送り届けた時も、何の一言もなく目さえ合わせなかった。世羅にとっては忘れてしまいたい、なかったことにしたい最悪の出来事なのだと、想像していた通りになった。  ののしられなかっただけまだましかと思うが、ののしられてもいいからなかったことにされたくない。そんな風に思ってしまう。  マンションの前でタクシーを降りたところでスマホが振動した。画面を見ると志野だった。 『嘉納組長が危篤だ。今から病院へ向かう』 「了解。21階に向かう」 『いや、駐車場で待っていてくれ、その方が早い』  車のキーがいつものようにジャケットの内ポケットにあるのを確認し、返事をして通話を切り、地下駐車場へ向かった。念のために駐車場の死角になっている部分を点検し、エレベーターの前で待機する。すぐに世羅と志野が乗ったエレベーターが到着した。

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