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第35話 第六章(3)

 病院に到着すると、松尾の姿があった。世羅がまず向かったのは別の男のところだ。これが桐生だろう。  漆黒の艶のある黒髪をオールバックにし、180センチ近い長身に均整の取れた身体をしている。男気に溢れた力強い眉は墨で描いたようなりりしさだ。比較的彫りの深い顔立ち、眼が大きくはっきりとした二重、すっと伸びた鼻梁、形の良い何ともエロティックな唇をしている。かなり色気のある男だと黒龍は目を見張った。  黒ずくめの強面の男たちが並ぶ病室の前の廊下は一種異様なありさまだ。  黒龍は一人一人の顔を脳内にインプットしていった。誰がどの組の者なのかを立っている位置で推測することが出来た。神野組と橘組の者はいないようだ。つまりそれだけ世羅が特別だと言える。  若頭、若頭補佐に並び、世羅も呼ばれたのだから、神野と橘よりもはるか前に出ていることは確かだった。鉄砲玉の男は橘組の者だった。松尾にしてみれば橘と親密にしていることは極秘にしておきたいに違いない。どこから鉄砲玉の身元が割れるかわからないのだ。  嘉納が亡くなれば、一波乱起きる。それを懸念してのボディガードだったはずだが、ヴォルコフが絡んでいることから話はややこしくなっている。  しかし、当面は、松尾組と橘組に目を光らせておく方が重要だ。黒龍はスマホを取り出すと、アルジュンにメールを送った。  今夜は長い夜になりそうだ。  松尾、桐生、世羅の順に一人ずつ病室に入り見舞うことを許される。  病室のドアの横の窓から中を覗けるようになってある。黒龍は中の様子から目を離さなかった。最後世羅が出てきても黒龍は今にも呼吸を止めそうな老人の土色の顔を眺めていた。  この男はいったいどんな人生を送っていたのだろう。日本独特の任侠の世界に外国人マフィアが介在することを阻止しようとした男。中国、韓国、ロシアマフィアと闘ってきたのだろうか?  この男がいたからこそ、ヴォルコフは行動を制限されていた。桐生が組長になることをヴォルコフは望んでいる。そうなればすべて自分の思い通りになるからだと言うが、実際そうなのだろうか?  世羅は桐生を信頼している。志野は、桐生が組長になることを確信している。上手くヴォルコフを排除できると思っているようだが、勝算があるとは黒龍にはどう考えても思えない。  ――嵐が来る。  不穏な予感に震えが走った。

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