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第37話 第六章(5)
「ヴォルコフが自分でやってきて確かめに来れば面白いことになるだろうがな。いくらホモファビアだといえども、自分の息子の命は大事だろう」
神経がじりじりとゆっくり焼かれていくようにじわじわと痛みが増していく。
「だからって、そううまくいくとは限らない。あいつの怒りを買うと、一生逃げ回ることになるぞ」
「桐生の組長就任が無事終わり、もめ事の根底を根こそぎ掃除した後ならいつ死んでもいいが、やはりヴォルコフには苦しんでもらわないとな。お前をずっと雇って傍に置いておけば、ヴォルコフが歯ぎしりして怒り狂う姿が見れるかもしれん」
世羅の瞳は吸い込まれそうなほど黒く、底冷えするほど暗い色で揺らめいている。憎悪だ。世羅から感じるのはヴォルコフに対しての深い憎悪だった。純奈は愛と憎しみは紙一重だと言うが、黒龍にはどう見ても憎悪しか見えない。
「いったいあんたとヴォルコフの間で何があったんだ?」
玄関に向かった一歩を止め、世羅が黒龍に振り返った。それと同時に、志野が声を上げた。
「黒龍、もうそろそろ出かける時間だ」
志野の視線は世羅に何かを訴えかけるように向けられていた。
「ふん、なるほど。今言わなくても、そのうちに突き止めてみせるさ」
黒龍は投げやりにそう言ったが、世羅は志野の視線を無視した。
「ヴォルコフは、俺の弟を罠にはめ、テロリストの餌食にしようとした。拉致された弟と引き換えに俺の父を殺せと言ってきた。父か弟か。どちらかを選べとな。弟は今生きてる。ヴォルコフにも同じ目に合わせてやりたいだけだ。息子の命かビジネスか。俺のようにどちらかの命と言うわけじゃない。日本から手を引けと言ってるだけだ」
衝撃を受けて言葉を失くしている黒龍に強い視線を向けたあと、世羅は玄関に向かった。
横にいる志野の口からため息が聞こえ、黒龍は我に返る。
弟が生きている。つまり世羅は父親を殺したのか……? 世羅の父親はいったい何者なんだ? ヴォルコフが命を狙うほどの大物だった……。
黒龍は魂を抜かれたように放心したまま無意識のうちに体を動かして志野に背中を押されるまま玄関へ向かった。
世羅の家族を殺したのは――、自分と同じ顔をした同じ血が流れるあの男だった。
黒龍を目にすればするほど世羅の憎しみはリアルタイムで上書きされていくに違いない。
憎しみで世羅は黒龍を抱いた。いや、本人は凌辱したつもりだ。黒龍にとっては強烈に惹かれている相手との激しいセックスだった。死ぬまで記憶の奥底に温めて持っておきたい類の思い出の一つになる。
今までどれほど過酷な場面や、悲惨な状況を目にし、生死の境目を潜り抜けてきたが、これほど打ちのめされたことはなかった。
そしてどうして自分はあの男の息子なのかと、そっくりなこの顔を切り刻みたい衝動に駆られる。
移動の車内は凍り付いたような張り詰めた空気を纏い、誰も一言も話さなかった。
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