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第39話 第六章(7)

 女の顔など覚えていない。すべてヴォルコフの命令通りに黒龍の精を搾り取り、身ごもることを目的に行われた行為だった。  随分長いこと女に乗りかかられ強烈な射精感に目覚める悪夢を見続けた。人は淫夢ともいうが、黒龍にとっては悪夢でしかなかった。  女に犯され続けた記憶は心の奥深くに傷となって残っている。地獄のような日々だった。レイラにも相談できず、黒龍は夜這いをしてくる女たちに怯えて過ごした。黒龍が抵抗すると、数人で襲い掛かられ、かわるがわる犯される地獄の日々。大人の女で心を許せたのはレイラだけだった。  その日々が終わったのは16歳のころだ。黒龍は日々筋力トレーニングに励み、立派な体格になっていた。その頃から複数の女達にのしかかられても、腕力で抵抗できるようになった。女に手を上げることもいとわなかった。黒龍が暴力的になったことで女たちは次第に寄り付かなくなった。その後、軍事大学に入学し、KGBに入った。父の望み通りの人生を歩むことを余儀なくされていたのだ。不満と疑心が長い年月の間、黒龍の胸に蓄積され、いつ忍耐が決壊してもおかしくなかった。  ヴォルコフKGB長官の人格者の裏の顔を知った黒龍はヴォルコフには告げず、KGBを辞め、フランス外人部隊に入隊したのだった。  すべて父の駒になることを避けるためだった。ヴォルコフがロシア政権の裏でその力を最大限に利用し、裏社会をも牛耳っていることを知った後では、ヴォルコフの思い通りにならず、逃げきることこそ自分の務めだと思うようになった。  そして、父親の悪事をもっと力のある権力者に知らせなければならない。その使命感が黒龍を突き動かした。先進国でロシアに対抗できる国を熟考する。しかしそれを選択することは簡単ではない。だから黒龍はまず外人部隊を選んだ。フランス外人部隊についての噂は耳にしていた。世界中の外国人が入隊できる強力な舞台だ。その訓練はすさまじいもので並大抵の能力、そして精神では持ちこたえることが出来ない。  それほどの優れた軍人が集まる部隊に身を置くことで、他国の戦士と交流し、チャンスを掴もうとした。  黒龍は外人部隊の中でもさらに優れたグループに配属された。レンが隊長を務め、仲間はレンを入れて6名だった。  極秘任務を任されたある任務で、アルジュンが右足を失うという負傷を負った。  レンはアルジュンの怪我に責任を感じ、フランス外人部隊から除隊することを決めた。、黒龍たち部下全員、隊長の後を追うことに異論はなく、レンと共に外人部隊を脱退した。レンが備兵派遣会社を経営し始めると、全員レンの下で働くことになった。備兵派遣会社の業務に暗殺も含まれる。後ろ盾はEUだということだが、確かなことを黒龍は聞かされていない。ヨーロッパ先進国が都合よくフリーのソルジャーを使いテロ対策に利用する。自分たちの都合のいいように使える備兵を各国が必要としていた。  黒龍は仲間と一緒に働ければそれでよかった。しかも銃の改造も任されスナイパーとしての腕を振るえる。暗殺に対しての良識など持ち合わせていない。依頼する者がいて仕事をする者がいる。相手が子供でなければ黒龍の心がとがめることはない。未だかつて子供がターゲットになったことはない。  仕事を選ぶのはレンで依頼があった国と交渉するのもレンだった。黒龍はレンを信頼しているし、この組織が黒龍の居場所でもあるのだ。  走馬灯のようにその頃の想いが鮮明によみがえり黒龍は目頭を指で押さえた。  特にロシアでの日々は思い出したくもない。精神的なダメージがジワジワと黒龍を弱らせていく。黒龍はそれを払拭するように首を振り席を立った。  無意識のうちに社長室の方に視線を向ける。閉じられたドアの向こうから微かに話し声らしきくぐもった声が聞こえる。  志野以外は入れない部屋でいったい世羅は何をしているのだろう。世羅のことがわからない今、何か手を打つべきだ。  黒龍はスマホと手に取ると白蛇にメッセージを送った。

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