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第43話 第七章(2)

 その日、盗聴から聞き出した情報はリンとのやり取りだけだった。リンが桐生のイロだと言うことが明白になった以外は何ら新しい情報はなかった。  どうやらリンの存在、つまり世羅にコンサルタントがいることを知っているのは本人以外では志野しか知らない様子だ。  次第にリンへの興味が強くなるが、今はそれに拘っている場合ではないと黒龍は自分を叱咤する。  思考はスマホの甲高い機械音に遮られた。非通知だ。  通話にする。 「黒龍だが」 『黒龍。ふん、まだその名で呼ばれてるとはな。アルカディ』  ロシア語だった。しかも、黒龍をミドルネームのアルカディと呼ぶのはあの男だけだ。背筋に冷たい戦慄が走り息を呑む。 『おいおい。まさか父親の声を忘れたわけじゃないだろう』 「何の用だ」  酷く冷たい声が出たことに黒龍自身も驚いた。ヴォルコフはいかにも愉快そうに喉で笑う。 「いいか、息子よ。今の任務から身を引け」  なるほど、そう来たかとほくそ笑む。お前の思い通りにはならないと言ってやりたいのを黒龍はぐっと堪えた。 「それには条件がある。あんたと世羅はどういう関係なんだ? どうしてこんなくだらないヤクザの組長争いにKGB長官が首を突っ込むのか……疑問だな。それを政府に知られたら厄介なことになるんじゃないのか?」  ヴォルコフが黙り込む。息遣いさえ聞こえてこない。 『世羅は公安のスパイだ。本名は周藤仁だ。ここまで言えばわかるだろう。アルカディ』  喉がカラカラに乾き、体温が一気に下がったのか手が震え始めそれが全身に広がっていく。  周藤……父は世羅の名を、周藤だと言った。本名は周藤仁だと。レンの名字は……周藤だ。周藤蓮、それが隊長の名。つまり……世羅の弟はレン。 「父親とは言え最低な男だな。どうしてだ! どうしてなんだ! なぜ、なぜレンを……罠にかけた! 俺は絶対にお前を許さない。俺の怒りを買うことがわかっているから黙ってたんだろ! ああ、いいだろう、父親であろうが関係ない。俺の目の前に現れて見ろ、殺してやる!!」  ロシア語でまくし立てている黒龍に志野、田中、的場の視線が向けられている。それさえ気にする余裕がないほど黒龍は怒りに震え自分を見失っていた。 『これ以上、お前の身近なものを犠牲にはしたくないだろう。アルカディ。お前が私の元に戻ってくればすべて丸く収まる。日本から手を引くと約束しよう。もちろん、レンやトゥルー・ブルーに手は出さない。そう言えばトゥルー・ブルーは忠誠という意味だったな。その忠誠を私に捧げろ、アルカディ。お前が私のところに戻ってくること、それが条件だ』  息をしているのかも、目が見えているのかもわからない。何も見えず、胸が苦しくなり、動くこともかなわなかった。硬直し冷たく凍り付いてしまったようだ。 「くたばれ」  黒龍はそう言い放つと通話を切った。 「黒龍」  声のする方へ視線だけを向ける。以外にも近くに世羅がいた。世羅が社長室から出てきたことさえ気が付かなかったのだ。 「ヴォルコフからだったんだろう。何を言ってきた?」  世羅が黒龍の肩を掴み顔を覗き込んでくる。  まだ考えがまとまらない。何をどうすればいいのかさっぱりわからない。自分がヴォルコフの元へ戻れば万事うまくいくのか? 本当にそうならそうしてもいい。その後、あの男を殺して行方をくらませばいい。全てを失うことになっても、犠牲にした自分の人生よりもその行いは多くの人を救う。 「龍一」  名を呼ばれたことに黒龍は我に返り、無意識のうちに視線を世羅に向けた。 「あんたの弟……俺の隊長だったんだな。周藤蓮、隊長の名だ。知ってたんだろう。二人とも、今回のことではぐるだったのか?」  世羅の表情に感情は現れていない。動揺していないということは、そういうことだったのだ。  黒龍は自嘲し納得したとでもいう様に頷いた。 「俺の代わりの護衛をよこす」  黒龍は世羅の腕を振り払い、社を後にした。  会社を出て表に出ると、路駐している黒いバンを探す。見つけると足早に駆け寄た。運転席に近寄ると窓を開けた白蛇が顔を出した。 「どうした? 何かあったのか?」  黒龍の顔を見た白蛇の顔色が変わりそう問い質してくる。 「世羅の護衛を頼む。俺は今から隊長に会いに行く」  事情を察した白蛇はひとまず、運転席から外に出た。その後すぐに黒龍が乗り込みエンジンをかける。 「どういうことか説明くらいしろよ、龍」  黒龍は返事もせずにアクセルを踏んだ。

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