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第44話 第七章(3)

 向かったのは自分のマンションだ。部屋に着くとスーツから普段着に着替える。革のライダーズジャケット、長袖のカットソー、カーゴパンツ。バックパックに必需品を入れ、パスポートをジャケットの内ポケットに入れる。会社から支給されている時計、スマホは部屋に置いておく。私用のスマホとタブレットを持つと、部屋を後にした。  白蛇のバンを使うと追跡されるので黒龍は電車を使って空港まで行くことにした。多分その方が早い。スマホでロシア行きの便を検索し、予約する。  本部に戻るつもりはもうなかった。心を決めた今、現場からレンに連絡を取り脱退の意思を告げる。それでいい。  これは自分の問題だ。誰かを巻き込みたくはない。特にレンには。尊敬し忠誠を誓った憧れの人。そして一緒に闘った仲間、トゥルー・ブルーの誰をも巻きぞえには出来ない。  世羅に「龍一」と呼ばれた瞬間、あの瞬間に決意した。もう二度と世羅を苦しめるようなことがあってはならない。自分がいることで世羅に火の粉が降りかかるなら、黒龍自身でその火を消し去るしかない。  もう充分世羅は、いや周藤兄弟は苦しんだ。  ――レンは……俺がヴォルコフの息子だと知っていたのに。どうして俺を仲間に入れたんだ?   いずれ敵を討つために利用するつもりだったのだろうか。  黒龍がヴォルコフを殺すように仕向ける。それがシナリオだったのだろうか? 任務では達成できない復讐。息子の憎悪を目にし、息子に殺される父親。それが復讐?  結果的にいいように踊らされていたとしても、利用されてやろうと思う。これは自分の意思でもある。  本部にはもうばれているだろう。黒龍がロシア行きの便を予約したことをすぐに掴めたはずだ。だが、黒龍の考えが正しければ何事もなくロシアへ行けるはずだ。  京成上野駅からスカイライナーに乗った。車内はそれほど混雑していない。  成田に着くと、出発ターミナルで自動チェックインを行い、セキュリティーチェックを通り、出国審査の列に並ぶ。  その時、横から肩をしっかりつかまれ体を硬くした。空港の出国審査の目の前で派手な立ち回りが出来るわけでもなく、静かに黒龍は男に振り向いた。 「すみません。黒木龍一さんですね」  ダークスーツを着た厳格な顔つきの30代の男だ。 「そうですが」 「私は警視庁公安部の木崎(きさき)と申します。ほかのお客様の迷惑にならないように、一緒に来てください」  公安だと? まさか、世羅が裏から手を回したのか? ヴォルコフの言葉が脳裏をかすめる。世羅は公安のスパイだと。にわかには信じてはいなかったが、この状況を考えるとあの男が言ったことは嘘ではなかったのかもしれない。  しかし、そうだとしても腑に落ちない。なぜだ? 黒龍を阻止しようとする意味がわからない。わからないなら確認するしかない。黒龍は木崎と名乗った公安の男に素直に従った。

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