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第46話 第七章(5)
無意識のうちに志野の方に視線を向ける。なぜ志野が知っていると言うのか? 黒龍の視線に気づいているはずなのに、志野は黒龍の方を見ようとはしなかった。
「志野の本名は」
「私が言います」
志野が世羅の言葉を遮った。そこで黒龍は気づいた。いや、気づかされた。志野に感じた懐かしい感情。安心感。居心地の良さ。温かく包み込んでくれる包容力。覚えている。記憶の奥底で生き続けていた。あの頃の幸せだった感情を忘れるわけはない。
「黒木……寿志」
志野が言う前に黒龍がその名を発していた。志野が反応し黒龍に視線を向ける。
「ああ、そうだ、お前の叔父だ。自分は特にヴォルコフに対して恨みはない。あの人がどれほど姉さんを愛していたか知ってるし、姉さんも心からあの人を愛していた。二人を引き裂いたのは警視総監だった父だ。ただ龍一にはヴォルコフの所には戻ってほしくない。ヴォルコフの所へ行けば末期がんのあの男を許して全てを引き継ぐことになるような気がしてならない。それだけはさせたくない」
考えをまとめなくてはならない。黒龍がロシアに戻らない選択をした場合、ヴォルコフはどう出るのだろう?
「俺がここに残ってすべたが丸く収まるとは思わない。あいつが死ぬまで長くて半年、もしかしてもっと生き延びるかもしれない。その間何もせずに傍観しているとはとても思えない」
「そうだ。しかしお前が俺の傍にいれば手出しもできない。大事な一人息子だからな。レンがなぜ外人部隊を脱退したか知ってるか? それもヴォルコフが裏で手を引いたんだ。蓮が率いる隊のお前以外の全員を独りずつ抹殺する。そう脅した。お前を軍隊の中に置いておきたくなかったからだ。蓮に心酔しているおまえなら、蓮が行くところにはついて行くだろうと考え、ヴォルコフは蓮にEUを後ろ盾に使って組織を作らせた。本部をどこに置くかは自由を与えた。ヴォルコフは蓮が日本を選ぶとわかっていたんだろうな」
「ふっ……は、ははは……」
発作的な笑いが次第に止まらなくなる。目に涙が溢れ腹をよじるほど笑いが込み上げてきて息苦しくなる。
「ひっ、ははっ、くくくっ、とまんねー、なんだそれ、ひひひ」
散々笑った後、ぜいぜい息を切らしながら世羅を見る。
「すげー壮大な話過ぎて信じられんね。確かにそれほど俺に執着してるんなら、最愛の息子に会わずじまいにこの世を去るのはさぞ無念だろうな」
「お前はどうしたい。龍一」
志野が黒龍に問う。
シンとその場が静まり返った。黒龍にさえ答えることができない。わからないからだ。どうしたいか? どうすればいいか? 会いたいか? 会いたくないか? 至極シンプルな問いだが、わからない。自分自身どうしたいのか、答えが見つからなかった。
「少し考える。葬儀が終わって落ち着くまでは任務を追行する」
黒龍はそれだけ言うと立ち上がった。
ドアを開け部屋を出るとそこに白蛇の姿があった。
「すまない。白蛇」
肩を上下させにやりと笑った後、白蛇は励ますように黒龍の背中を軽く二度叩く。
「この件は僕から隊長には報告しない。ま、だまっててもばれてるとは思うけど」
頷くだけで、黒龍は返事をしなかった。そのこともまだどうするか決めかねていた。レンの顔を見て平常心を保っていられるとは思えなかった。レンは自分の父親を殺させた男、ヴォルコフの息子が黒龍だと当然知っている。いつから知っていたのかは不明だが、黒龍を部下として傍に置いておくレンが怖くもあった。
自分が利用されているのだと考えるのが妥当だ。しかし黒龍はレンに対して絶対的な信頼をもち、忠誠を誓っているのだ。その気持ちが揺るぎそうで怖い。
「今からどうします?」
白蛇が軽い調子で世羅に指示を仰いでいる。
「マンションに戻る」
「了解」
白蛇が運転席、黒龍は助手席、世羅と志野は後部席に乗り込み、車は走り出した。
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