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第53話 第八章(2)
「リュウ、あなたが決めることよ。いい? あんな男でも、あなたを心から愛していたことに違いない。それ以上にチズを……愛してた。報われない恋だったの。生涯一度の本気の恋。だから彼女の遺伝子をアルは求めた。息子であるあなたが最後の望みだったの。いつか本気で恋したらあなたにもわかるわ」
純奈の瞳が照明の光で虹色に輝いている。
「ゲイの俺にそれを言われてもな。俺は刹那的な恋しかしない。永遠の恋や愛なんて幻だ」
純奈の冷たい手が黒龍の頬を包んだ。子供のころ、純奈によくこうされたことを思い出す。
「あたしにできることはやったからもういいの。リュウ、あなたのことだけ考えなさい」
突き放されたように感じ、同時に、その言葉が心にこびりついて離れなかった。
黒龍自身のことを考えろ。
そう言われて答えなど見つからない。今まで一度も自分自身を前提に考えてきたことなどなかった。黒龍の人生は忠誠と言う名の元、任務を追行することを目的に生きて来た。
恋や愛だと言っている時間はなく、ただ性欲処理のためにセックスをする。
自分を中心に考えることを黒龍はヴォルコフに引き取られロシアに来た子供のころに捨てざるを得なかった。
今欲しいと思えるのは、世羅だけだった。
父の死に目に会いたいか……。
その答えはまだ出せなかった。
わからない。
会いたいようで、しかし、もう二度と会いたくない。会えば抱え込んでいた恨みつらみをぶちまけ、殺してしまいそうで怖い。
世羅に言われた。父親を殺すことはするなと。
そうせざるを得なかった世羅の言葉の重みを、黒龍は真摯に受け止める。世羅がダメだと言う事は出来ない。
結局自分は誰かの従順な犬にしかなれないのだと思う。しかしそれは父ではない。あの男以外の誰かであったことを誇りに思う。黒龍が忠誠を誓うのは決してヴォルコフであってはならない。それだけはわかっていた。
自分の部屋に戻ると世羅に戻ったことをメールで知らせる。自分は常に誰かに飼われることを望む従順な犬なのだと思い知る瞬間だ。それが一番自分に合っているのだと自覚しても居た。なぜなら、心が安堵で満たされるからだ。
世羅が黒龍の部屋にやってきたのはそれから5分後だった。相変わらず手に酒を持っている。今日は高級シャンパンだった。
「なんかお祝いなのか?」
単純だが、シャンパンを見ると勝手にそう連想してしまう。
「いや、何となく飲みたかっただけだ」
黒龍はフルートグラスを取り出した。世羅と酒を飲むのが好きになり始めていた。
二人ソファに落ち着き、シャンパンを口に含んだところで世羅が黒龍に視線を向けた。
「で? 純奈と何を話した?」
多分、世羅はそれが気になって仕方なかったのだと、黒龍は推測する。冷静沈着な男が心の内を見せてきたことに疑問が浮かぶ。嘘偽りないか試されているのだろうか? そんな風に感じた自分に黒龍は舌打ちしたい気分だった。
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