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第54話 第八章(3)

 世羅のことを思う。志野は世羅の側近で、ヴォルコフの最愛の自分の母、チズの弟だ。その弟は世羅に忠誠を誓っている。世羅のお目付け役で、愛人の純奈はヴォルコフの女だ。世羅を利用しているだけに過ぎないことはこの男は気づいているだろう。そして、ヴォルコフの息子である自分は、忠誠を誓えと言った世羅を突き放した。  それでも世羅は黒龍を離さない。ヴォルコフとの最後の綱だからだ。  二人の間の深い溝は埋めることはできないだろう。それでも黒龍は世羅を救いたいと思っていた。世羅に惹かれる気持ちは自覚していたし、父親と世羅を天秤にかけた時、世羅を選べる自信はあった。 「ヴォルコフが余命半年だとあんたに知らせたのは、純奈だと聞いた」  世羅が頷く。  誤魔化すことも嘘を浮くことも世羅はせずに認めた。しかし、黒龍は純奈がヴォルコフを愛していると感じていることは伝えることはできなかった。たとえ、確信を持っていたとしても。 「母に、会ったことはある?」 「いや、俺はない。それについては志野に聞くべきだ」  黒龍は喉を鳴らし笑った。 「そうだな」  世羅の視線を感じ、耐えきれなく目を合わせた。 「俺の顔を見て、何を思う? 憎しみか? どうして俺を抱く? ただ繋ぎ止めておきたいだけで、ノンケのあんたが俺にあんな……」  熱いセックスが出来るのか?  そう言おうとして寸前で止めた。馬鹿な質問だ。知りたくはない。答えは決まっている。  世羅が視線を外し宙を見つめる。その沈黙が拷問のように黒龍を不安に陥れ痛めつける。 「俺は……ずっとヴォルコフを追いかけていた。それこそ、あいつのことしか考えられないほどに。自分の人生はヴォルコフを破滅させる復讐のためにあった。そうでなければ生きている価値が見いだせなかったからだ。毎日、何時間もあの男の写真を見つめ、画像を見た。お前が現れた時、本気であの男が現れたのだと錯覚しそうになった……」  初対面を思い出す。世羅の冷たい表情。その目の暗さに惹きつけられた。 「それで……?」  世羅が首を横に振りながら自嘲するように笑う。 「俺は……確かに……お前にヴォルコフを重ねているのかもしれない。ヴォルコフに屈し、あの男の思う通りに動いた10年。復讐のタイミングを狙って耐えていた日々。憎しみだけが、生きる意味だった。次第にそれが執着になったのかもしれない。時々わからなくなる。お前を抱いているのか……あの男を抱いているのか……」  衝撃だった。世羅の言葉が本心で、嘘偽りない言葉だと感じるだけに、黒龍の心に衝撃が走る。世羅はヴォルコフに囚われ、もしや――。ある一種の感情が芽生えているのではないか……。憎しみと愛は紙一重だと言った純奈の言葉が脳裏をかすめる。  息をすることも忘れるほど黒龍はショックを受けていた。 「仁……あんたはヴォルコフに執着しすぎてるんだ。俺はあいつじゃない。俺をあいつだと思ってあんなふうに抱くなんて――おかしい!」  激しい感情に呑まれ、最後の言葉は叫び声となった。  激しく求められ、まるで愛されているように感じた。あれがヴォルコフと錯覚したゆえの行為だとしたら耐えられない。世羅の心は憎しみゆえに深い愛に変わったのだろうか? 本人さえ気が付かないうちに――?  世羅の表情を凝視していた黒龍は明らかに動揺した世羅の表情を見た。  衝撃が心臓を鋭く貫く。  その時、世羅のスラックスのポケットからスマホの着信音が鳴った。我に返ったようにそれを探り取る。 「世羅だ」  世羅の表情が凍り付いたように感情全てが消えるのを黒龍は見ていた。

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