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第58話 第八章(7)
「どきなさい」
その声に戦慄が駆け抜ける。
「世羅の命が欲しければ俺を殺してからだ、純奈」
「随分と、仲がいいのね。今なら、男に乗り換えた世羅に逆上してあたしが殺した。そんなシナリオが出来上がるわね。素晴らしくいい機会だわ。あたしは指示されたとおり動くことが仕事なの。ヴォルコフに世羅を殺れと命じられたわ。出来ないなんて言い訳はできない。あたしが丁寧に筋書き立てた通りに動けばいいものを。リュウ、自分の意思でここに残ってアルに歯向かったなら自分で何とかしなさいよ」
黒龍は凍り付いた。何とか気持ちを持ち直すが、脳を働かせようとしても、上手く考えがまとまらない。
「24時間以内に何とかしなさい。でなければ、あたしは世羅を殺す」
そう言い残し、純奈は部屋を颯爽と去って行った。
世羅の方に振り向くと、ソファに座ったままこちらを見上げる鋭い視線とぶつかった。この状態なら簡単に純奈は世羅を殺せたはずだ。下半身は裸で男と情事の最中だったのだから。
「なんでそんな平然としてるんだ。純奈はあんたを殺しに来たんだぞ!」
いきり立つ黒龍をなだめるように世羅が腕を伸ばし、黒龍の腕を掴んで引き寄せた。
「ああ、だが、純奈は警告するために来ただけで、俺を殺しはしない。今は、だが……」
何がおかしいのかクスリと笑う世羅を黒龍は凝視した。
「笑えない」
くすくす笑いながら世羅が黒龍を見る。
「ああ、確かに。笑えない状況だが。あのヴォルコフが相当焦ってるんだと思うとおかしくてな。純奈なら苦しみもなく心臓を一突きで殺してくれるだろうと思うと、ヴォルコフの企みなど、何を恐れることがある?」
世羅の言葉に黒龍は何も言い返せず硬直してしまう。目の前が真っ暗になったように、世羅の顔も声さえ聞こえなくなり、暗闇に突き落とされたような感覚に陥る。
恐ろしかった。世羅は、もう全てを投げ打ってもいいと思っているのだ。自分の命さえ。黒龍はこんなに世羅を求めていると言うのに。
「な、何で……? おれは……仁、あんたに死んでほしくない。一緒に生きて欲しい。そう思ってるのに。あんたは俺を捨てて死ぬつもりなのか!?」
思っている以上に感情が昂り大声を出していた。目が霞んでいるのかよく見えない。頬を伝う雫の感触で、涙が溢れているのだと言うことに気づくのに少し時間がかかった。
手の甲でそれをふき取ると世羅の表情がはっきりと見えた。
無表情だった。ただ黒龍を真っ直ぐ見つめている。
「お前が苦しむことはない。絶対にヴォルコフの所には行くな。自分の人生を歩め、龍一。俺が言えることはそれだけだ。そのためなら、自分の命など惜しくない。ヴォルコフと周藤家の確執にお前を巻き込みたくない」
強く腕を引っ張られ、一瞬にして抱きしめられた。
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