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第59話 第八章(8)

「俺の望みはそれだけだ。お前はここで俺を護る。ヴォルコフが死ぬまで――」  それが復讐なのだろうか?  何としても息子をロシアに連れ戻そうとする父、ヴォルコフに復讐したい世羅。父に息子を会わせないことが復讐になるのだとは黒龍にはいまだ信じられないが、自分は父の死に目に会う気はない。  世羅の命を救えるなら。その手も考えられる。誰もが懸念するように、一旦ロシアに帰ったからと言って、二度と日本に戻れなくなるわけではない。この現代社会で、自分の意思で何かが出来なくなるはずがない。 「仁が、傍に居ろと言うならそうする。だが、俺がヴォルコフに会えば済む話ならそうした方がいいとも思う。ヴォルコフの後を継ぐ気は俺にはない」  世羅が苦い表情を黒龍に向けた。 「お前は何もわかってない。お前がロシアに向かえばお前の意思にかかわらずロシアがお前を離さない」  世羅の言葉の意味が良く分からず黒龍は困惑した。しかし今は考え込んでいる時間はない。24時間以内に何か行動を起こす必要がある。自分がヴォルコフに連絡を入れ、話し合うのが先だと感じた。 「何もするな、龍一」  黒龍の気持ちを読んだように世羅が釘を刺した。  黒龍は世羅の横に座り、体を摺り寄せた。しっかりと抱きしめられ、胸が苦しくなる。二人ともさっきの続きをする気は失せてしまっている。それなのにこんな風に体を寄せあい抱きしめ合っている。  黒龍は自分がもう引き返せないほど世羅に囚われているのだと言うことを悟った。愛や恋などと言う気はない。ただどうしても世羅から、離れたくなかった。  翌日、世羅と志野と会社に出勤した後、的場とジムへ向かった。  そこでトレーニングをしている間、ヴォルコフに電話をかけた。直通だったはずだが、側近のマロフが電話に出たことに驚愕する。  名を告げると、今は取り次ぐことが出来ないと返事が来た。黒龍の胸に疑惑が掠める。 「いったいなぜ、百年ぶりくらいに連絡を取った息子の電話に出れないんだ。しかも昨晩あいつは俺にメッセージをよこしてきたって言うのに」 「アルカディ様、申し訳ございませんが……昨晩、急に様態が悪化しまして……今昏睡状態なのです」  20年ほどヴォルコフの側近を務めているマロフはヴォルコフとそう変わらない60代前半のはずだ。その男の声が微かに震えていることに黒龍の背筋に緊張が走った。  余命半年という話だったはずなのに、昏睡状態など、何か悪い冗談か、それとも黒龍を陥れようとしているのかどちらかだと思えるがマロフの声を聞いた後では、そうも言い切れないような気がする。 「こっちも暇じゃないんだ。冗談はほどほどにしてくれ」  黒龍はそれでも軽く受け流そうとした。 「冗談でこんなことを言えるわけがないでしょう」  マロフの声に悲痛感が増した。とても冗談には思えない。しかしヴォルコフのことは信用できない。マロフでさえ騙され、昏睡状態だと思い込んでいる可能性はある。 「あいつが死のうが俺には関係ないが、死にかけてるなら今話しておいた方がいいんじゃないか? 息子から電話だと言えば持ち直すかもよ」  マロフが鋭く息を呑む。数秒の沈黙があった。 「確かにそうかもしれません。では、インターネット通話で画面を通してお願いできますか。その方が、あなたの顔が見れて、ヴォルコフ長官は喜ばれると思います。もし、意識が戻ればの話ですが」  黒龍は同意するとスマートフォンのネット回線のビデオ電話に切り替えた。

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