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第61話 第九章(1)

 10年前の丁度今日、周藤仁は周藤管理官の自殺の知らせを受け、警視総監の部屋に呼ばれた。その時の黒木警視総監の表情を昨日のことのように覚えている。  愛娘がヴォルコフの子供を身ごもったことを知り、強制的に帰国させ隔離した。そのいきさつはその当時18歳だった仁が知るすべはなかった。  黒木警視総監はヴォルコフを潰すことを公安を取り仕切っていた周藤管理官に命じた。  そしてヴォルコフは弟の蓮の命と引き換えに、周藤管理官に手を引くように言い渡した。しかし、父はそれを全面拒否し、真っ向から闘う姿勢を取った。  強硬な態度の周藤にヴォルコフは、息子の仁と蓮を標的にし始めた。公安に入ったばかりの仁に蓮の死か父の死か……。ヴォルコフは選べと言った。  それを知った周藤管理官は仁が決断する前に『責任を取る』と遺書にしたため、管理官の部屋で首を吊り自殺した。 「君の父上に関しては大変残念な結果で私としても遺憾である」  仁は一文字に口を引き結んだまま、黒木警視総監を見据えた。  そして、今度は仁に世羅仁人として潜入捜査に入るように命じた。ヴォルコフの武器輸入のルートを探り、検挙する。それが任務だった。日本のヤクザが支払った金の行く先がヴォルコフのふところを温めていようが完治する必要はない。事実を突き止め何としてもヴォルコフの息の根を止める。日本から手を引かせること。それが任務だった。  仁は従い、ヴォルコフを追った。狐と狸の化かし合いが続き、結局ヴォルコフにいいように利用されたのは仁の方だったのだと冷静になれば判断できた。ヴォルコフには一度も会ったことがない。  テーブルの上に散らばったアルカディエヴィチ・ヴォルコフの写真を見つめる。30年近く前の写真から、数年前のものまである。最近の写真や映像は全く手に入らなくなった。30代のころのヴォルコフは目の見張るような美男子だ。艶やかな漆黒の髪はオールバック、瞳はサファイアのような濃いブルーだ。ロシア人独特の白い肌。彫りの深い顔立ち。  誰をも虜にする魅力的な男がそこに映し出されている。身長は182センチだと記載されている。細身だが元KGBのエージェントなのだから鍛え上げられていることは目に見えていた。  世羅としてヴォルコフを追っているうちに、次第に容姿だけでなくリーダーとしての素質にも惹かれていった。  最初の接触は電話だった。突然海外から会社に電話を掛けてきたのだ。ヴォルコフは仁について知りたがり、ある意味当然なのだが、新参者の世羅について探っている様子だった。  ヴォルコフ自身が仁の弟の蓮を罠にかけ、父を死に追い込んだ。あの時、弟か父親かを選べと言ってきたその相手が世羅だとまだ知られていないことに優越感が芽生えたことを思い出す。  ヴォルコフに復讐したい。その気持ちと、表社会と裏社会を牛耳るヴォルコフの手腕に羨望を覚えていたことも自覚している。それゆえ、ヴォルコフの内面が知りたくてたまらなかった。  ヴォルコフが執着したたった一人の女、黒木千寿(ちず)。父親は黒木警視総監、千寿の弟は今自分の部下として志野と名乗り傍にいる。  ヴォルコフの愛人のレイラは純奈と言う名で高級クラブを任されている。そこはそもそもブラトーバが送り込んでくるロシア娼婦を受け入れるためのクラブで、その裏にヴォルコフがいる。  世羅は何年もかけブラトーバが流す武器の独占販売権を主張した。手に入れた武器にはシリアル番号をつけ、どこに流れたのかを把握し、適度な頻度で密告し摘発させた。  ブラトーバと取引するようになり、信用を得るようになるとロシア娼婦の受け入れ場所を提供するように持ち掛けられ、あのクラブを提供したのだ。  全てヴォルコフと繋がるためだった。

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