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第65話 第九章(5)

 ――死を前に父は自分にそれだけを伝えたかったのだろうか?  暗くなる気持ちを払拭するためにテレビに視線を向けた。  アルカディエヴィチ・ヴォルコフKGB長官の死去は大々的に報道され、息子であるリュウイチ・アルカディが帰国したこともすぐにメディアに報道され、大きな騒動となった。  葬儀の間も世界中からマスコミが詰めかけ、黒龍への興味は熱狂的なものになっていた。  テレビをつければ必ずヴォルコフがらみの報道を目にする。もういい加減納まってくれてもいいものを。ため息をつきたくなるのを押し殺した。  日本に帰るに帰れない状態に悶々としているだけで、何もできないのが歯がゆい。  茫然とテレビの画面を観ていると、ニュースが切り替わった。黒龍はそのニュースを耳にし息を呑んだ。 「日本最大指定暴力団、東陣会、嘉納組長死去後、次期組長と噂される東陣会若頭補佐桐生が組長を務める桐生組のフロント企業で爆発があり、従業員全員の遺体が確認されました。亡くなったのは、社長世羅仁人、秘書志野千寿――の4名――」  田中と的場の名を聞いたような気がしたが、耳鳴りが酷く集中することさえできなかった。脳が全てを拒否し、今聞いたことを消去し始めている。  ――こんなのは嘘だ。でたらめだ。そんなはずがない。うそだっ!! 「そ、そんな……ち、違う、絶対違う。こんなこと……」  純奈の悲痛な声で彼女がそこにいることを知る。  流れ続けるニュースの画面に、世羅の写真が映し出された。  硬直していた全身が、写真を目にした途端にガタガタと震えはじめる。 「――その桐生が襲撃され重傷を負った直後から東陣会組織の闘争が勃発、巻き込まれたものとみられて――」  ニュースの内容が断片的に耳に入る。自分がいない間に闘争が勃発し、松尾も橘も殺されていた。一言も発することが出来なかった。純奈の呪いのようなうめき声が部屋に響く。  行くなと言われた。後ろ髪を引かれる思いで、父の最期に立ち会うことを決意した。あの時、お互い見つめあい、心の奥深くまで読み取ろうと近寄った。世羅の瞳、息遣い、体温。そしてその声。匂いまで鮮明に思い出せる。あの低く響く男らしい声で、何があっても帰ってきてくれと黒龍に告げたのだ。  今目の前に世羅がすぐにでも現れるのではないかと思えるほど、鮮明に、何もかもを思い出せる。  帰ってくるのを待っていると言った。世羅はそう言った。こんな風に、消えてなくなるわけがない。こんな風にあっけなくやられるわけがない。間違ってる。絶対に……間違っている。  目にしている現実を黒龍は最後まで受け入れることはできなかった。

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