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第66話 第十章(1)

 純奈を残し、強硬的に一人帰国した黒龍はまずマンションに戻り、リンを訊ねた。  リンは予想していたのか、黒龍がドアベルを鳴らすと、ドアを開けてくれた。  そこに桐生も一緒にいた。 「ニュースを聞いて……遺体の確認は誰がしたんだ? 本当に世羅だと言い切れるのか?」  桐生の顔を見た途端に言葉が溢れだし、詰め寄っていた。リンが桐生と黒龍の間に立ちはだかった。 「お、おちついて。桐生がちゃんと説明するから」  180センチ超える二人の男に挟まれた小柄なリンに詰め寄るわけにもいかず黒龍はその場に立ちすくんだ。 「たぶん、会社に爆弾を仕掛けられていて、営業時間中爆破するようになっていたんだろう。全員腕時計や身に着けている私物の破片から本人だと確認された。確認したのは俺だ。誰一人、身内を見つけることが出来なかったんだ。そういうことは、この世界ではよくある」  つまり、ヤクザの世界では身元が明かされてないのが常と言う事だ。  世羅と志野の身元がわからないのは理解できる。二人とも偽名を使っているのだ。しかし、田中と的場ともなると、何か引っかかるものを感じた。 「誰にやられたのか、見当ついてるのか?」 「こっちでも調べてるところだ」  黒龍は奥歯を噛みしめた。 「俺は自分の目で確かめたい。まず、世羅と志野の部屋を見たい」 「ああ、いいだろう。世羅の会社の物件に関しては桐生組が引き継ぐことになった」  桐生は一旦リビングに戻ると、カードキーを持って戻ってきてそれを黒龍に渡した。 「暗証番号は裏に書いてある。先に暗証番号を押して緑に点滅したらキーを刺す。ホテルと同じだ」 「俺もここの3階に住んでるから知ってるよ」  桐生が「そうだったな」と言うのを背中で聞きながらリンの部屋をあとにした。  世羅がもし何か危険に気づいていて、黒龍に伝えたいことがあればあの部屋に何か残っているはずだ。志野に対しても同じことが言える。徹底的に部屋を見て回らない限り黒龍の気が収まらなかった。  世羅の部屋は整然と片付けられており、急いで出ていったと言った感じはしなかった。  ベッドルームも整えられ、クローゼットの中も調べたが荒らされた形跡も荷物をまとめようとした形跡もない。  ノートパソコンも同じ場所にあり、それを開けてみると、想像通りパスワードが設定されている。これを開けるにはアルジュンの協力がいる。  今は諦めることにして机周りを調べることにする。  引き出し、棚の書籍に至るまで、何か隠していないか調べ尽くした後、隣接するベッドルームに目を向けた。  初めて世羅を挑発し関係を持ったあの日の情景が脳裏に映し出される。  死んでしまったと認めるのは辛すぎる。初めて本気で欲しいと思った男だ。世羅の何もかもが黒龍にとって特別だ。世羅を失くすなんて、考えたくない。失くしてしまったとは思いたくない。  胸が締め付けられるように痛くなり、息が苦しくなる。嗚咽のような声が漏れ、鼻がつんと痛くなったと同時に頬が濡れる感触がした。  自分が号泣していることに気づくまで時間がかかった。  父が亡くなっても泣くことはなかった。  子供のころ既に泣くことを自分に制していた。感情のコントロールをすることをKGBで覚え、外人部隊では冷静になる術を教わった。  感情、食欲、性欲、最低限必要な欲望を抑え込み自分を制することができてこそ、最高のソルジャーと言えた。有能なスナイパーは己を制し、高度な集中力が必要だった。  そのすべてを手に入れている黒龍が感情を吐露し、涙を抑えられず、嗚咽していたのだ。膝から力が抜けたのはそんな自分に驚愕したからか、それとも現実を受け止められないせいなのか、黒龍にはわからなかった。  床に膝をつき、祈りを捧げるように頭を床に着け号泣した。 「仁、いやだ――、仁……愛してる。愛してるんだ。捨てないでくれ――っ」  言葉は慟哭に呑まれ宙に消えた。

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