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第68話 第十章(3)
喉がカラカラに乾き言葉を発することはできない。
「世羅の本名は、周藤仁、俺の兄だ。そして志野の本名は黒木寿志、黒龍の叔父にあたる」
ウルフも白蛇も驚いている様子はない。つまりその事実を聞かされていたか、既に随分前から知っていた可能性がある。
「これは死んだと思わせる偽装で、全員生きている可能性もあるだろう?」
最後の望みをかけてレンの目を見る。レンの瞳は悲しみに暮れているように潤んでいた。初めて見るレンの感情をむき出しにした表情に黒龍は背筋に戦慄が走った。
「俺の個人的な意見では……可能性は低い。そうであればと望みは捨てない。しかし、現状を見れば見るほど、計画的に、確実に殺されたとしか思えない」
水を打ったような静寂。
誰もが息さえしていないかのように、微動だにしなかった。
レンが告げた言葉の衝撃に黒龍も息をすることを忘れ硬直した。
「世羅の会社が無くなった今、この任務は存在しない。全員次のミッションまで自由だ」
そう告げるとレンは席を立った。
「龍、大丈夫?」
最初に声をかけてきたのは白蛇だった。
「いや、全然大丈夫じゃない。納得いかない。これで終わりなんて……出来るわけがない!」
黒龍は声を張り上げ立ち上がった。初めてメンバーの前で感情をむき出しにしたのだ。ウルフも白蛇も瞠目したまま黒龍を見つめている。
「黒龍、気持ちはわかるが。現実を受け止めることも必要だ。世羅は……死んだんだ。レン隊長はそれを受け止めてる」
ウルフが諭すようにそう言った。黒龍は奥歯を噛みしめ拳を握りしめていた。世羅の弟であるレンに何の連絡もないからこそ、隊長は事実を受け止めたのかもしれない。だが、黒龍はどうしても信じたくなかった。世羅の死を認めてしまえばもう、もう、生きている意味がないような気さえしてくる。どこかで生き延びている。そう信じなければ壊れてしまいそうだった。
「俺は……絶対信じない」
黒龍はもう何も聞いていなかった。飛び出すようにしてリビングを出て地下に下り、車に乗り込むと、アクセルを踏んだ。
帰る場所はただひとつ。世羅がいたあのマンションの自分の部屋だ。
世羅と繋がっていられるのはもうあの部屋しかない。
恋しくてたまらなかった。世羅の熱で抱きしめられ、熱い楔を胎内に受け止め擦られる快感に打ち震えたことを生々しく思い出してしまう。
自分の部屋で、世羅の部屋で何度も肌を合わせ繋がった。
「くぅ……くそっ……絶対信じない。絶対信じないからな! 仁、死んでないって言ってくれ! どうしてそう伝えてくれないんだ!」
涙で視界が滲む。それでもアクセルをふんだ。事故で死ぬのも本望だと自暴自棄にさえなる。山道の急カーブに差し掛かると体がそれを覚えていて自然にステアリングを回し、減速していた。
それでもガードレールぎりぎりだったことに我に返り少し落ち着きを取り戻す。
今死ぬわけにはいかない。
仁が生きていることを信じているうちは……死ぬわけにはいかない。絶対に。
黒龍はそう自分に言い聞かせていた。
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