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第70話 最終章(2)

 目に飛び込んできたのは窓から差し込む光。そこに誰かが立っている。目がなじむまで少し時間がかかった。1歩、2歩、ゆっくり室内に入る。背後でドアが閉まる音が聞こえた。目の前に翳した手をずらし、もう一度正面の窓の方を凝視する。  自分が息を鋭く吸い込んだ音を客観的に聞き取っていた。  男がゆっくりとこちらに振り向いた。逆光で良く顔が見えない。けれどその体格、佇まいは――、生きていることを信じなくては自分が崩壊すると思えるほど切望した男に似ていた。 「仁」  掠れた声で名を呼び、一歩一歩近づいて行く。  服装はニットにジーンズ、以前の世羅とは全く違うカジュアルな服装だ。次第に表情がはっきりとし始めた。トレードマークのオールバックではなく少し伸びた髪を自然に下ろしている。無精髭で覆われた顎のライン。しかしその目はよく知る世羅のものだった。黒龍は寸前で脚を止めた。体が震え始め、嗚咽を止めることが出来ない。 「龍一」  名を呼ばれた瞬間抱きしめられた。  力強く熱い抱擁。よく知るものだ。何度もこうやって強く抱きしめられた。 「い、生きてた。信じてた……絶対……あんたは……死なない――って」 「すまなかった。慎重になる必要があったんだ。龍一。どれほど会いたかったか……」  ぎゅっと強く抱きしめられる。  体が震えて止めることができなかった。嗚咽が込み上げ勝手に涙が溢れだす。 「愛してると――」  言ってくれ――と、言う前に言葉を遮られる。 「ああ、愛してる。龍一。このまま過去にしておくことはできなかったほど、愛してる」 「くぅ……あああっ――」  号泣だった。感情が洪水のように押し寄せ黒龍を呑み込み、抑えることが出来ない。しがみ付くように抱き着き、恋い焦がれた男の首筋に顔を埋め泣きじゃくった。 「もう、もう二度と離れることはないと誓う。二度と」  黒龍は頷くしかできない。まだ話しが出来るほど落ち着いていない。そんな黒龍の肩に両手を置いて力強くつかむと、体を離し、顔を覗き込んでくる。黒龍はまだ涙が溢れだす瞳を男に向けた。 「仁……」  感激のあまり言葉が続かない。顔に触りたくて片手をおずおずと近づける。見つめあったまま、黒龍は世羅に振れた。指先で頬をなぞるように撫でる。記憶にある通りの滑らかな肌。まるで鞣し革のような心地よい感触だ。 「仁……愛してる。愛してる。俺が欲しいのは仁だけだ。ずっと信じてた……そうしなければ生きていけないと……生きていく意味が見つからなかった。ああ、そうなんだ……仁、愛を失ったらもう生きていく意味がないんだ」  とめどもなく感情が溢れだし言葉になる。  世羅が良く言っていた。生きる意味。それを失くさないように黒龍は世羅が生きていることを信じそれにしがみ付いていた。 「ああ、そうだ。俺も見つけた。生きる意味を。だから俺は生きてる。お前が与えてくれたんだ。俺に……生きる意味を」  洪水のように涙が溢れだした。これほど感情を制御できなくなったことは初めてのことで、黒龍は子供のように泣きじゃくる。  それを世羅は受け止めてくれていた。  黒龍の肩を抱きながらベッドに座るように促す。それに従うと世羅も横に腰かけた。まだ肩をしっかりと抱いてくれていることがこんなに心を安らげてくれるのだと初めて知った。 「もう、俺は世羅仁人でも、周藤仁でもない。もう、これからは、自分の人生を歩める」  黒龍は笑い泣きしながら唇を押し付けた。世羅がもう片方の手を腰に回してきて強く抱きしめてくる。  正直世羅だろうが、仁だろうが、どこの誰だろうがどうだっていい。今目の前に居て唇を重ねているこの男が黒龍の全てなのだ。  舌を絡ませるこのぞくぞくとした興奮、そしてこの男の肌の匂い。黒龍の細胞全てが記憶し、歓喜で細胞が活性化し、体中が熱くなり特に股間に熱が集中した。  絡ませた舌を抜き取り少し首を引いて黒龍は世羅と視線を合わせた。欲望に潤む瞳は底なし沼のように黒い。しかし以前のような冷たい闇は見えなかった。黒龍の心が感動に熱くなる。世羅が、長年の苦しみから解放されたことを彼の目を見て今知ったのだ。  自分のことのように嬉しい。こんな風に誰かの為に喜ぶことが出来る自分が誇らしいとさえ感じた。黒龍の顔は涙でぐちゃぐちゃで、眼も真っ赤だろう。それでも口角を片方だけ挙げ、目を細める世羅が良くしていたニヒルな表情を作った。  世羅がプット吹き出す。 「今すぐ、あんたが欲しい。話は……それからだ」  黒龍はもう待てないとでもいう様にキスを再開した。世羅に抱き着き押し倒す。覆いかぶさり更に深いキスを仕掛けた。  ちゃんと確かめたい。これが夢でなく現実だと言うことを。

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