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夢への一歩

――ロサンゼルス・ノヴァス。 部屋に静かな空気が流れる。 陽彩は手元の資料へもう一度視線を落とした。 「……ノヴァス」 思わず小さく名前をなぞる。 高校を卒業してから、何度もテレビで目にしたユニフォームだった。 「もちろん、すぐには返事を出す必要はない」 監督が穏やかな口調で言う。 「これは藍沢の野球人生に関わる話だ。じっくり考えて決めればいい」 陽彩は資料を閉じ、小さく息を吐いた。 「……はい」 返事はしたものの、頭の中は整理が追いついていなかった。 メジャーリーグ。憧れ続けた舞台。 その夢が、今になって現実味を帯びて目の前へ差し出されている。 「もちろん、向こうへ行けば競争は今以上に厳しくなる」 「……はい」 「言葉も文化も違う。正捕手として評価されているとはいえ、レギュラーが保証されているわけじゃない」 陽彩は資料へ視線を落としまま、小さく頷く。 「お前ならやれる。そう思うからこの話がきた」 監督の言葉に、陽彩はゆっくりと顔を上げた。 「だが、決めるのはお前だ」 部屋は静まり返る。 けれど、陽彩の口元は小さく緩んでいた。 「いやぁ……」 頭を掻きながら照れくさそうに笑う。 「嬉しすぎて、ニヤケるの我慢するの大変なんですけど」 その言葉に、ここにいる全員が目を丸くした。 「挑戦する以外、選択肢あります?」 迷いのない声だった。 陽彩は照れくさそうに笑ったまま、まっすぐ監督を見る。 「メジャーリーグはずっと夢だったんで」 一度きりの野球人生。挑戦できるチャンスがあるなら、迷う理由はなかった。 監督は小さく息を吐くと、どこか嬉しそうに笑った。 「お前ならそう言うと思ってたよ」 ゆっくりと立ち上がり、陽彩の肩を軽く叩く。 「向こうでも暴れてこい!」 「はい!」 返事は迷いなく力強かった。 夢だった舞台が、もう手の届くところまで来ている。 胸の高鳴りは、もう抑えられなかった。 「失礼しましたーっ!」 勢いよく一礼すると、陽彩は軽い足取りで監督室をあとにする。 廊下へ出た瞬間、思わず拳を握りしめた。 「っしゃあー!!!」 口元が勝手に緩む。ニヤけるなと言われても、今だけは無理だった。 そのまま鼻歌交じりでクラブハウスを歩いていると、前からチームメイトが歩いてくる。 「あれ、藍沢」 「おつかれーっす!」 「なんだそのテンション」 陽彩は足を止める。 「監督に呼ばれてたよな? なんの話だったん?」 一瞬だけ口元を押さえたものの、堪えきれずに思わず笑みがこぼれる。 「聞きたい?」 「その顔は絶対いい話じゃん」 陽彩は照れくさそうに頭を搔く。 「……メ・ジ・ャ・ー♡」 「は?」 「メジャーからオファーきた」 一瞬、時間が止まる。 「え……? えぇぇぇぇぇえ!?!」 クラブハウス中に、驚きの声が響き渡った。

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