8 / 16
「俺が受ける」
ロッカールームへ入ってから一時間ほど。
最初こそ緊張していた陽彩だったが、それは長くは続かなかった。
言葉は完璧に通じなくても、笑って、身振り手振りで伝えれば案外どうにかなる。持ち前の人懐っこさもあって、気付けばチームメイトの輪の中心にいた。
「Yo,Aizawa!」
「Hey!」
名前を呼ばれるたび、陽彩も笑顔で応える。
英語はほとんど分からない。それでも、笑顔だけは万国共通だった。
ロッカールームが賑わう中、入口の扉が開く。
一人の男性が姿を現した瞬間、選手たちは一斉に視線を向けた。
「Hey,Boss.」
あちこちから声が上がる。
監督は軽く手を上げると、そのまま陽彩へ視線を向けた。
「Welcome to the Novas, Aizawa.(ノヴァスへようこそ、藍沢)」
「Thank you!」
陽彩は慌てて頭を下げる。
監督は続けて選手たちへ声を掛ける。
「Alright, guys. Split into two teams. We’re playing an intrasquad game.(よし、二チームに分かれろ。これから紅白戦を始める)」
周囲の選手たちが一斉に動き始める。
陽彩はきょとんと首を傾げ、隣の凜を小突いた。
「ねえ、なんて?」
凜はグローブを手に取りながら、短く答える。
「紅白戦」
「えっ? もう?」
「ああ」
その言葉を聞いた瞬間、陽彩の口元がぱっと緩む。
「最高じゃん」
グローブを掴む手に自然と力が入った。
選手たちは次々とロッカールームをあとにし、グラウンドへ向かう。
陽彩もその流れに続き、クラブハウスを出た。
眩しい日差しが降り注ぐ。
手入れの行き届いた天然芝。どこまでも広がるスタンド。
テレビ越しに何度も見てきた景色が、今は目の前にあった。
グラウンドではすでに選手たちがウォーミングアップを始めている。
キャッチボールをする者。ダッシュを繰り返す者。それぞれが試合を向けて体を動かしていた。
やがて監督が全員を集め、チーム分けを告げる。
陽彩はベンチへ腰を下ろし、静かにグラウンドを見つめた。
マウンドには凜。その球を受けるのは、このチームの正捕手だった。
鋭く唸るストレート。打者を圧倒する変化球。誰が見ても一級品の投球だった。
それでも、陽彩は小さく首を傾げる。
「うーん、違うんだよなぁ」
もう少し、あと少しだけあの球はもっと伸びる。
イニングが終わり、守備交代のタイミング。
陽彩は近くにいた通訳へ声を掛けた。
「監督に伝えて欲しいんですけど」
「もちろんです」
陽彩は迷いなく笑う。
「俺とバッテリー組めば、凜もっといい球投げます」
通訳は思わず目を瞬かせた。
「……本気ですか」
「ええ! もちろん!」
あまりにもまっすぐな返事だった。
通訳は苦笑いしながら監督の元へ向かう。
陽彩の言葉を聞いた監督は、数秒だけグラウンドへ視線を向けた。そして静かに頷く。
審判へ合図を送り、ベンチへ声を張る。
「Substitution! Catcher!(選手交代! キャッチャー)」
ベンチがざわつく。
正捕手が驚いたようにベンチを見る。
そして次に告げられた名前に、球場の空気が変わった。
「Aizawa!!!」
陽彩は「はい!」と勢いよく立ち上がる。
マウンドへ向かう陽彩の顔は、どこか楽しそうな笑みを浮かべていた。
ともだちにシェアしよう!

