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【1部】第4話 食事と呪い

 高校時代から続けていたバイトということもあって、店長からはしつこい程に引き留められ、心配もされた。これからどうやって生計を立てるのかについても問い詰められたが、めんどくさくて適当に躱した。なんとなく、店長とはもう二度と会わないような気がした。  アパートの退去に伴い、使っていた家具も全て処分させられて、必要最低限のものだけを持って理一の住んでいるマンションへと強制的に移住させられた。家族で使っていたダイニングテーブルだけが気がかりだったが、もうどうしようもなかった。  一緒に住み始めると、ますます理一のことが分からなくなる。少し散らかっていて生活感のある部屋なのに、底知れない何かがあった。彼が今でも暴力団の構成員なのかは定かではないし、普段何をしているのかも見当がつかない。近付けば、少しは理一のことを理解できると思っていたのに、結局何も変わらなかった。  昼になると、理一はわざわざ弁当を買ってきて家に戻ってくる。共に昼食を摂り、食べ終わるとまた出ていく。夜になるとまた帰ってきて、今までと同じように嗜虐的に交わり、屈服させられる。そんな毎日を一ヶ月ほど過ごした頃だった。  またいつものように理一が買ってきた弁当を共に食べていると、「あ、そうだ」と理一が何かを取り出して、テーブルの上に差し出す。 「はい、これ」  もぐもぐと咀嚼をしながら、差し出されたそれを受け取り、裏表をじっくりと見る。 「欲しいものあったらそれで好きなだけ買っていいよ」  どう見てもクレジットカードだった。ただ、カードに刻まれた名義は理一のものではない。しかし、そんなことはどうでも良い。 「なんで」 「え、いらない?」 「……いる」  この一ヶ月、理一に携帯端末と財布を没収され、散歩に出かけても飲み物すら買えなかった。  とりあえず受け取ったクレジットカードを弁当の横に置いて食事を再開すると、理一は食べ終わっていないのにも関わらず席を立った。 「じゃあ、ちょっと行ってくるわ。十一時頃には帰ってこれるか……いやぁ、日付跨ぎそうだな。ま、そういうことだから、それでなんか買って食べなよ」  コウは箸を止めて、離れゆく理一をじっと見つめた。すると、理一が振り返って笑う。 「行ってきまーす」  ばたんと玄関扉の閉まる音を聞いて、コウは完食間際の弁当を見つめてから、カードに視線を移す。  ──これがあれば、なんでも手に入る。でも、欲しいものなんてあったっけ。そもそも自分は、どんなものが好きだった?  母さんと父さんが死んで以来、自分の好物でさえ、よく分からなくなっていた。じいちゃんが飯だけはちゃんと食えと言うから、生きることだけを考えて健康を損ねない程度の食事をしてきた。いろんなものを奪われた今だからこそ、皮肉にも自分という人間を直視する機会が生まれた。自分が今まで何を愛していたのかを思い出したい。ほんの僅かな欲が芽生える。  コウは食べ終わった弁当のゴミを捨てて、剥き出しのカードをポケットに入れる。散歩をするのは数日ぶりだった。少し歩くと、自動販売機が見えて、試しにタッチ決済をしてみると飲み物が出てきた。こんな当然のことに新鮮味を感じてしまうあたり、自分は本当に理一という男に支配されているのだろう。  移り住んだ街は、越してきたことで初めて訪れた場所だったため、土地勘がまったくなかった。散歩に出かけても、携帯端末を没収されている故に迷子になったら帰ることができなくなる。それはすなわち、理一との約束を破ることになり、それを危惧するとマンションの周りをうろうろするだけで引き返すばかりだった。でも、今日は違う。迷子になったとしても譲れない、明確な目的があった。  ──自分の手で飯を作る。自炊だ。  なんか買って食べなよ、と言っていたが、それなら作るのも自由のはず。  コウはスーパーマーケットを探して歩き続けると、偶然にも自身が以前住んでいた部屋の近くにあったスーパーの別店舗が見つかる。コウは外観を数秒見て、すぐに足を踏み入れた。 『飯だけはしっかり食べろ』  じいちゃんの言っていた言葉がまた空耳のように頭の中で響き渡る。  母さんと父さんと囲んだ食卓。じいちゃんと二人で囲んだ食卓。それは全部、手放したあのダイニングテーブルの上での出来事だった。意識が遠い昔に呼び戻されると、囚われてしまう。母さんがどうやってあのグラタンを作っていたのか知らないまま死別して、結局二度と食べられない味になってしまった。それからは、手探りで味を近づけようと足掻いたけれど、気がつけばどんな味だったのか思い出せなくなっていた。  でも、今ならなんとなくあの味が思い出せそうだった。  コウは買い物かごを持つと、過去に繰り返したことで自然と記憶に刻まれた必要な食材たちを次々と放り込んでいった。一品だけじゃ物足りないだろうから、他にオムレツを作ろうか。サラダも用意しよう。  理一に殺されるのを待っている身なのに、どうして自分は選り好んだ食事を摂り、感情を思い出そうと──生きようとしているんだろう。  自覚すると、足が止まった。  ──死ぬまでの間、自分は理一と共に生きたいと無意識に願っていた。  理一さんと生きるために、じいちゃんの言いつけを守ろうとしている。  多分自分は、おかしいんだろう。  二人で食事を摂ることで、理一の記憶に残ろうとしている。買った弁当よりも、作ったものの方が記憶に残る。好きだったものを共有することで、それは呪いになる。だから、食事はふたつ用意する。

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