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【1部】第6話 愛おしむ
理一がいない間、理一のサブスクリプションの履歴にある映画をひとつひとつ辿って見るようになった。理一が帰ってきても見終わらないことが多々あり、食事をしながら一緒に視聴することもあった。エンドロールが流れると、理一は映画の感想を尋ねてきて、コウは思ったことをそのまま口にする。逆に理一はどう思ったのか問いかけると、批判じみた冷徹な感想が返ってくる。そうやって、想いの交換をすることが増えた。
それからだろうか、理一から乱暴に抱かれる頻度が下がった気がする。理一が家に帰らない日も増えた。
優しい手つきで抱く日が続いたかと思えば、突然怒りをぶつけるような、切羽詰まったような苦しさを携えて悍ましい欲をぶつけてくる時もある。日に日に不安定さが増している理一を否定もせず肯定もせず、ただ流されるままに呑み込んでいく日々だった。
理一との共同生活が始まって三ヶ月以上が経っていた。なんとなくリビングの壁に立て掛けられたカレンダーを見て、今日が自分の誕生日であることを認識する。
けれど、別に深い意味なんてない。
晩御飯は何を作ろうかと、理一の横で昼食の弁当を食べながら考えていると視線がぶつかる。
理一が頬杖をついてこっちを見ていた。
「今日の夜は、外に食べに行こう」
「なんで」
「そういう気分だから」
なんとなく既視感のあるやり取り。食事の時以外の理一は気が付けばいなくなっていて、いつの間にか帰ってきているような神出鬼没さがあり、この人はいつ休んでいるんだろうと日頃から疑問を抱いていたが、今日はどうやら一日予定を空けているらしい。コウは箸を止めて理一に視線を返す。
「何を食べにいくの?」
「何がいい?」
「……回らない寿司」
「また? やっぱり好きじゃん」
「……好きなのかな」
理一は笑って、テレビに映し出されていたワイドショーを消し去り、サブスクリプションに接続する。
変な感じだった。
今日の理一さんは、機嫌が良い。
以前とは違う寿司屋だった。隣町は繁華街になっていて、居酒屋やカフェ、食事処がかなり多い印象。
「理一さんは寿司好きなの?」
「んー、まぁ……美味いよね」
言葉の割に、理一は特段美味しそうに寿司を食べているわけじゃなかった。
「じゃあ、一番好きな食べ物はなに?」
「肉」
「ふーん……じゃあ焼肉にすれば良かった」
「いや、コウくんの食べたいものを食べなよ」
語尾が笑っていて、穏やかさがある。
コウはじっと理一を見つめた。
「どうして今日は優しいの」
「……僕はいつも優しいよ」
「うん」
「そんなわけあるか。否定しろよ」
理一はきっと、今日がコウの誕生日であるこを知っている。知った上で、弟の誕生日の時と同じことを繰り返している。ならば、これが終われば再び「謝れ」と責め立てられるのだろう。この人の気が晴れるなら、それで良かった。生まれたことを後悔させようと容赦なく追い詰められたとしても、心はきっと動かない。体だけが限界まで引き摺られ、負荷に耐えきれずに悲鳴をあげて、ぐちゃぐちゃに成り果てる。その様を見て、ようやく理一は満たされる。いつもそうだ。
これから起こり得ることを頭の片隅で茫と考えながら、理一の話に相槌を打ったり、問いを投げた。やはり理一はよく笑って、ころころと表情を変える。
食べ終わると、あの日と同じように理一が支払いを済ませた。コウはその後ろ姿をチラリと見てから、店の前で待機する。あとは帰って、会話の途中で理一が募らせたであろう苛立ちをこの身で受け止めるだけ。
そう思ったのに、理一はマンションのある方角とは真逆を向く。
「ホテル行こう」
些細だが予想を裏切られ、コウは少し言葉に詰まった。すぐに「うん」と応えて理一の横を歩く。
あの日は、帰り道から不穏さが漂っていたのに、今日の理一はまだ機嫌が良かった。
近くのホテルに入ると、理一は適当な部屋を選んで進んでいく。今思うと、ラブホテルなんて人生で初めて入った。反する理一は自分と違って、この施設のすべてを掌握しているかのように振る舞う。あまり考えたことがなかったが、きっと自分の見えないところで別の誰かのことも抱いているんだろう。もしかしたら、恋人だっているかもしれない。一緒に住んでいるのに、自分と時間を共有しているのなんて一日のうちほんの一瞬だ。そもそも、あのマンション以外にも理一が部屋を持っている可能性だってあるし、見えないところで別の誰かを想っていてもおかしいことなんてない。
そう考えると、ほんの少しだけモヤモヤした。この気持ちが何なのか。死んだはずの心に、醜い感情が芽生えている。こんな感情は理一と再会する前でさえ、一度も抱いたことがなかった。
感情とは裏腹に、表情は相変わらず動かない。言葉にしない限り、この気持ちが理一に伝わることなどない。
無表情のまま部屋に入ると、背後で機械音がしてオートロックがかかる。
舞台が違うだけで、やることは一緒。
淡々といつも通りに準備を済ませ、元々着ていた理一から借りたサイズの合わないシャツ一枚だけを身につけ、ベッドに腰掛けながら待っていると、髪をガシガシと拭きながら気だるげな表情を浮かべた理一があらわれる。
「なーんか……絶妙にヤる気にならないなぁ」
理一はテレビのリモコンを手に取ると、AV専用チャンネルから地上波に切り替え、コウの横に座った。理一は「あ」と声を出し、テレビ画面に反応を示す。
「この映画は知ってる?」
コウはテレビ画面をしばらく見つめ、該当する記憶がないと判断して首を左右した。
「どんな話なの」
尋ねると、理一が小さく唸り、画面に映る主人公らしき中年を指差した。
「平たく言えば〜……家族を殺されたこのおじさんが殺し屋組織の一員になって、みんなで敵討ちをするお話かな。すごいつまんないよ。薄いプロットに華美な肉付けをして盛大に見せてるだけのアマチュア作品って感じ。見るたびに反吐が出るよ」
コウは理一の言葉から感じ取ったものがあるが、あえて口にしなかった。理一は冷めた目で画面を見つめて口端を吊り上げている。
「こんなつまんねー映画を、ガキの頃の僕は取り憑かれたように見てたんだよ」
リモコンを放り投げてベッドに寝転んだ理一を上から覗き込む。
「理一さんは、この作品に救われてたんだね」
「どうかな」
「今は見ないの」
「全然。久しぶりに見たよ」
コウは首だけをテレビの方に向けて、数分間映画を視聴する。『ガキの頃』というのは、弟を失った後だろうか。この映画を見れば、なんとなく理一の心が見えてくるような気がした。けれど、結局は憶測でしかない。画面の中で激昂しながら銃を乱射している主人公を尻目に問いかける。
「しないの」
言うと、理一が見上げてくる。
「したいの?」
「……理一さんがしたくないなら、しない」
「主体性がないな」
「うん。俺は理一さんの言いなりだから」
感情の色が一切無い声をつまらなさそうに聞いて、理一が鼻で笑う。
「じゃあ上乗ってよ」
理一の手がコウの後ろ首を掴み、手繰り寄せると吐息がかかるほど近づく。
「……分かった」
合意するとするりと手が離れる。
コウは理一が履いているスラックスからベルトを外し、脱がすようにして理一の雄を剥き出すと慰めるように扱いた。理一はベッドに後ろ手をつき、休憩でもしているかのようにその様を冷たく見つめていた。特に感じているような素振りもなく、ただ平然としていて、これがただの作業であることを目の当たりにする。
撫でればむくりと屹立して、後は自分の中に挿れるだけだった。
上に乗れというのは要するに『騎乗位をしろ』ってことだと思うけれど、そんなことは今までしたことがなかった。思い返せば、ただ一方的に蹂躙されるだけで何かを強要されたことがなく、ただ人形のように扱われて、理一の欲望を収める器の役割を果たしていた。主体性がない、とは言い得て妙だった。こんなにこの人のことを愛おしいと思うのに。
コウは潤滑剤ですでにぐちゃぐちゃになっている自身の穴に理一のものを当てがい、ゆっくりと腰を下ろした。
熱い息を吐きながら、腹の奥深くまで咥え込むために体重をかける。いつも理一の手で追い込まれて辿り着く場所に自ら突き進む感覚には新鮮さがあった。当たると、体が疼く。
根本まで挿れたあと、どう動くべきか考える。腰を少し持ち上げて理一のものを体内から抜いては、また咥え込む。それはあまり大きな抽送ではなく、控えめに留まる。それを繰り返すと理一がため息をついた。
「下手くそ」
吐き捨てるように言うのに、どうしてかいつものような冷淡さや憎悪の感情が見えない。
コウは些細な違いをも見逃さず、しかしそればかりを気にかけるわけにもいかずに理一を喜ばせるために腰を動かした。少しずつ抽送の幅を広げて理一のものを肉襞で慰める。すると、快楽の波が押し寄せて内股がガクガクと揺れ始める。先走りが自身のものから溢れ出し、己を追い詰めてでも理一に快楽をもたらすべく、必死で身を削る。
イきそうになりながらも、必死に腰を動かすが、結局は限界が近づくとコウは腰を深くに落としたまま持ち上げられなくなる。
「ぅ、……っ」
ぎゅっと理一のものを締め付けて果てると、理一の体を白く汚した。目を閉じて荒い呼吸を繰り返し、強い視線を感じては瞼を開く。理一が無表情でこちらを見据えていた。
「自分ばっかり善がって、なんの役にも立たない」
汗ばむ頬を撫でる手は、冷たい声とは裏腹に、愛おしむような何かがあった。
コウは理一の気を悪くしないために口を開く。
「ごめん、なさい……」
「悪いと思ってないくせに」
責められたことで上下運動を再開しようと腰を浮かせた瞬間、唐突に突き上げられて悲鳴を上げる。体の底を蝕む快楽に肩で息をして、苦しげにつぶやく。
「ごめんなさい……」
謝ると腰を掴まれて再び突き上げられ、はしたなく喘ぐ。そうして何度も打ち寄せる快楽に消耗していく。コウはやむ無く理一に縋り付き、首に腕を回して上目遣いで覗き込むと、物欲しい感情が溢れて、無意識に顔を近づけていた。
誰かに口付けなんてしたことがないし、したいとも思ったことがなかった。
そんな過去の自分を裏切るよう、欲するままに理一の唇を食むように口づけるも、無反応だった。触れるだけのキスをして離すと、理一が笑った。
「言いなり、ね」
先ほどの言動が気に食わなかったのか、根に持つように続ける。
「自分からしておいてそういう言い草すんだ」
後ろ首を掴まれる。
「全部下手」
理一の顔が近づいて、まるで噛みつかれるみたいに口付けられる。自然と口を開けると、舌を差し込まれて中で絡まる。どうやって息継ぎをすれば良いのか分からないまま、残りわずかな呼吸を奪われていく。
コウは口の隙間から苦しげな声を漏らして、それでも許されずに深くねっとりと口付けられていた。理一のものが自分のものと混ざり合って口端から溢れ、顎を伝う。
しばらく絡み合うと舌が口内から抜き去られ、ようやく息を吸い込める。それも束の間、体勢を逆転させられて組み敷かれる形となった。理一の大きな体が被さることで腕の中に閉じ込められ、逃げ場を完全に失う。輪郭を掴まれて再び口付けられるが、それは先ほどよりも容赦がなく、いつもみたいな蹂躙に近い行為だった。
喘ぎ声までも絡め取られ、舐られる。入ったままだった理一のものが腹の奥から少し這い出たと思ったら、強く突き上げられて腹の中がきゅんとしてうねる。それから、絡まりながら激しく何度も腰を打ちつけられ、快楽に飲まれながら理一と溶け合うような錯覚に陶酔する。
理一が満足したのか口を離されると、コウは嬌声を抑えることができなくなる。逼迫した反応を繰り返して理一を煽ると、激しさが増していく。
コウは理一の背中に腕を回して、強く抱きつきながら、奥の壁をこじ開けられていくことを実感する。がつんがつんと最奥を叩かれ続けた末にダメなところまで理一のカリ首が侵入してくる。その拍子に視界が白飛びし、体が拒絶反応を示す。一度だって「嫌」なんて言葉を口にしたことはなかったが、本能的に叫んでいた。今までは快楽で自分を見失ってもどうでも良かったのに、今は肉体から自我を剥ぎ取られるような強烈な感覚に恐怖を抱いていた。
重さを伴って体の芯にぶつけるような衝撃は、理一の背中に爪を立てても止まらない。幹を押し潰す勢いで窄まる内壁を激しく強く行き来して、理一は快感するような吐息をコウの耳元にこぼす。乱れた呼吸と快感する声が脳を揺さぶるのに、それを認識できないくらいに頭の中がぐちゃぐちゃになる。自分の体がどうなっているのか分からない。
「ぁ、……あっ……」
ガクガクと腰を揺らして、仰け反る中心から白濁が盛大に溢れ出て、理一と自分を汚した。達しているコウの体を酷使して、理一もまた自身の悦楽をコウの中に流し込んだ。
体をピクピクと痙攣させ、放心状態で宙を眺めていると、また口付けられる。舌を動かす元気もなく、一方的に深く舐られて、蹂躙される。
その行為は、やはりいつもと違って明確な冷たさがない。理一に漂う熱い情念に飲み込まれて、その心地よさに愛おしさが増していく。
激しく乱暴に触るくせに、どうしてそんなに慈しむように縋りついてくるのだろう。
必死に縋りつかれると、応えるしかなくなって、この人が自分の全てになっていることをまた深く自覚する。
そして、この人に己の命を終わらせてもらうことで、自分の命がこの人にどんな影響を与えるのか、知りたくなった。
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