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【2部】第1話 アイスクリーム

 蒸し暑い日が続いている。だけど、食材の買い出し以外で外に出ることがないため、まるで関係がなかった。  晩の食事を終え、二人でぼんやりとテレビを見る。バラエティ番組を見ていると、画面の中でよく笑いが起きるが、何に対して笑っているのかがいまいちピンとこない。面白いと感じるものって一体なんだろう。生きていると、ふとした時にこの感覚に襲われる。自身の横に座る理一も真顔で、特に面白そうにしている様子はなかった。こうやって二人でテレビを見ても、番組にまつわる会話を交わすことはない。映画を見終わった時は感想を交換するのに。  理一に縋られた夜から穏やかな時間が流れて、それらは重ねれば重ねるほどに死から遠ざかって、やるせなさが募っていくのを実感する。  食器を片し終わり、風呂に入ろうと思った時に理一がベランダにいることに気がつき、顔を出す。エアコンの効いた部屋とは違い、やはり外は夜でも蒸し暑い。耳を澄ませると、虫の音まで聞こえてくる。  理一がコウの存在に気がつき、振り返った。 「アイスが美味しい季節になってきたね」  突然だったが、コウは頷いた。 「うん」 「アイスは」 「ないよ」 「じゃあ買いに行こう」 「……今から?」 「そう。お風呂上がったら食べたいから」  理一は時折、突拍子もないことを言ってはそのまま行動に移すことがある。少しずつ、花澄理一という男を理解し始めたような気がするが、しかしきっと、錯覚なんだろう。 「分かった」  返事をすると、理一がローテーブルに乱雑に置いていた財布を後ろポケットに突っ込み、玄関でサンダルを履く。コウはサンダルを持っていないため、現在は履かれていないであろう、理一のゴミ出し用のサンダルを履いた。合成樹脂素材で履き心地はいいが、サイズが合わないため少し歩きづらい。それでも、どうせ近所を歩くだけだからどうでも良かった。  実は、初めて自炊をするために買い出しに行ったスーパーよりもかなり近いところにこぢんまりとした小型スーパーがあったらしい。理一と一緒に買い出しに行く機会があった際、なんでわざわざそんな遠くまで行くのかと笑われた。でもやっぱり、品揃えは少し離れたスーパーの方が充実している。  夏場で日が高くなったとはいえ、食事を終えた時間帯だとすでに外は真っ暗だった。マンションを出てすぐに理一の大きな手が指に絡みついて握られる。  こういうふとした時に、この人から逃げることは出来ないと思い出す。側から見れば恋人繋ぎをしている同性カップルとして映るのだろうか。だとしても、不便はない。自分の世界はあのマンションだけなのだから。誰にどう思われても、関係ない。  小型スーパーに辿り着くと、レジに人はおらず、代わりに「現在の時間はセルフレジになっています。ご用のある方はベルを鳴らしてください」とポップが立てられていた。有人用レジの隣には現金が使用できるセルフレジが数台並んでいる。  店内には店員どころか、客一人いなかった。薄暗い照明の下、二人でアイスコーナーまで歩む。意外と種類がある。 「クリーム系かシャーベット系か、どっちがいい?」  コウは冷凍ショーケース全体を見渡してから、理一の顔を見上げる。 「どっちでも」 「じゃあふたつ買っちゃお」  理一がコウから手を離し、箱アイスを2つ腕に抱えた。セルフレジでバーコードをスキャンして会計に進む。理一が小銭を自動精算機に放り込み、レシートが出てきた。コウは理一からアイスを受け取って、昔から使っているエコバッグに入れた。そして、それを理一が掴むと、また手を握られる。  たった数十分外に出ただけなのに、汗をかいた。理一は「あっつ〜」と小さくぼやいてサンダルを脱ぎ捨てると、一目散にアイスを冷凍庫に入れた。そのままシャワールームに消えていくので、コウはソファに腰掛ける。  再びテレビをつけると、今度は映画が放送していた。時計を見ると、いつの間にかそういう時間になっていた。最初から見ているわけではないために状況がよく分からないが、なんとなく視聴を続けていると、パキッという音がどこかからして、視線を向ける。エアコンをつけるようになってから、時折家鳴りがする。その先に写真立てがあった。  窓辺にひっそりと置かれているそれは、花澄有理の写真。  コウはソファから立ち上がり、その写真を間近で見つめた。理一にそっくりな切長な目元。輪郭はまだ幼くて、柔らかな曲線を描いている。笑顔の表情で撮られたそれは、理一の笑顔とそっくりで、血の繋がりを感じさせる。  ──君は、どんな子だったの。  心の中で問いかけた瞬間、それを遮るようにリビングの扉が開かれる。コウは振り返り、その場から素早く離れた。以前、この写真をじっくりと見た時、理一から強く引き剥がされたことがあった。きっと、良い気がしないんだろう。なにせ、自分は彼が死んだ原因である男の息子なのだから。  素早く離れたにしても、おそらく理一は写真を見ていたコウに気がついていた。目が合うと一瞬眉根を寄せたが、理一はすぐ冷凍庫に直行する。  自分も風呂に入るべく、着替えを抱えてシャワールームに向かった。  温かい湯を浴びながら、また考えてしまう。  花澄有理という存在を重ねて見られるたびに、花澄有理がどんな少年だったのか知りたくなってしまう。  自分は、あんなふうに笑う人間じゃない。笑顔を浮かべたのがいつだったか、やっぱり思い出せない。両親が殺されて以来、何もかもが曖昧だった。  理一との行為は、いつしか毎日するものではなくなっている。けれど、する時は唐突に始まるため、とりあえず彼を受け入れる準備だけは怠るわけにはいかなかった。  考え事に囚われながらも準備を終えて風呂から出ると、理一がアイスを食べていた。先ほどの映画をソファでくつろぎながら見ていて、ローテーブルの近くに置かれたゴミ箱を覗き込むと、すでにアイススティックが2本捨てられていた。 「そんなに食べて大丈夫なの」 「だって暑いんだもん……」  コウも冷凍庫に向かって、どのアイスを食べるかで思案していると、後ろから理一がやってくる。首筋から顔を覗かせてもう一本取ろうとするのでコウはその手を掴んだ。 「これ以上はダメ」 「えー? なんでよ。箱のアイスって一個がちっちゃいじゃん、これじゃ食った気しないよ」 「ダメ」  阻止すると、理一はやれやれといった表情で「分かったよ」と受け入れる。再会した当初にこんな生意気な態度を取ったのなら、抑圧的に屈服させられていたのに。最近の理一はずっと優しかった。  コウは結局理一が食べようとしていた棒アイスを手に取った。レモンシャーベット。  そのままソファで二人並んで映画の続きを見る。映画はもうクライマックスに到達していた。画面に夢中になっていると、最後の一口を理一に取られ、硬直する。その様を見た理一が笑った。アイスを取られたことを責めることはないが、しかし最後の一口をよりにもよって取られるとは思わなかった。生意気なことをすると、今でも少なからず報復を受ける。コウは無表情でアイススティックをゴミ箱に捨てた。横にいる理一を見上げると、したり顔を浮かべていて、理一さんが満足ならそれでいいかと思う。  映画が終わり、寝る前に二人で歯磨きをして、ベッドに潜り込む。今日はしないような気がする。そうやって油断していると、理一の胸が背中に密着して、背後から服に忍び込む熱くて大きな手。それは胸を通過して喉を撫で、輪郭を掴んでくる。 「……するの」 「アイス食べ損ねたから」  ──やっぱり、理一さんは子供だ。ピーマン嫌いだし。プライド高いし、仕返しすることばかり考える。  輪郭を掴む手に触れると、逃げるようにまた服の中を這い、胸を撫でてくる。  好きなようにさせていると、下半身の衣服をずり下ろされて、盛り上がった理一のものを押し付けられる。  食欲を性欲で補うのは、理に適っていない気がするけれど。  理一が背後で動いた気配を察知する。うつ伏せに転がされ、理一が上から覆い被さる。寝バックの体勢で奥まで挿入されて「ぅ、あっ……」と声を出してしまう。体重をかけて良いところにぐりぐりと肉棒を当てられ、膝がわなわなと震える。熱い息を繰り返し吐くと、卑猥な音を立てて抽送が開始された。  理一の身体に押し潰されることで、理一のものが奥まで入っていることを自覚させられる。しかも、気分によってゴムをつける理一だが今日はゴムがないために、その熱が直に伝わってくる。  我慢せずに快感する声をあげると、理一の息遣いに愉快さが含まれてくる。快楽でガクンと脚が跳ね、腰を浮かせてしまう。それをまた押さえつけて、その意思を上書きするように責め立てられると、射精感が湧いてくる。 「ぁ……よ、……汚れる……」 「洗えばいいじゃん……」 「だめ……」  理一の腕を咄嗟に掴み、爪を立てると溜息を漏らされる。ずるりと突然抜き去られ、達しそうになったところで寸止めを食らい、そして体を起こされた。 「じゃあ、自分で動いてよ」 「……うん」  上体を起こした理一に跨り、対面座位で深く繋がる。その際に背を仰け反らすと、背骨を撫でられた。腹部を満たす熱で眉間に皺が寄り、苦しげな声が無意識に出る。その苦しさに慣れ始めた頃、理一の首に腕を回し、ようやく上下運動を開始した。  自分の体を使い潰し、理一に快楽を与えるためだけに動く。苦しくても止まらず、理一のものを締め付けながら慰めるように繰り返す。  以前なら真顔だった理一が、快感で少し余裕の削がれた表情を浮かべていると、優越感が芽生えてしまう。コウは理一の口を塞いで、舌を絡めながら行為を続ける。 「ん、……っ……」  コウの口端から溢れる扇情的な吐息と声。理一は全部、満更でもなさそうに受け入れていて、今や『下手くそ』となじられることはなくなった。  追い詰めるように続けると、後ろ首を撫でられ、耳に口づけられる。 「出そー……」 「う、ん……っ出して……」  理一の息遣いが少し乱れて、コウの呼吸も切羽詰まったものに変わっていく。二人で一緒に上り詰めて、ほぼ同時に達する。中に出された滾る熱をじわじわと感じて、倦怠感を味わう。  自分のものではない大きなTシャツの中で屹立していた中心からは蜜が溢れていて、服の裏側と腹を盛大に汚していた。  理一の首に縋りつき、呼吸が落ち着いた頃にまた口付けられて、ペースを呑まれる。もう少し休みたいのに、休ませてくれることはない。口内で絡まり合うと、入ったままの理一を無意識に締め付けてしまい、硬さが取り戻されていく。その異物感に欲求が湧き立つ。勝手に腰が揺れると、またずんずんと突き上げられる。  以前は罰でしかなかった理一との行為は、今や苦しいのに酷く甘美で、気持ちが良くて、流されれば深みにハマってしまう。こうやって、何度も繰り返して、ダメになっていく。お互いに終わりを見据えているのに依存する気持ちだけが増幅して、手に負えなくなる。所有欲が育まれていく。己の命には『この人に殺されたい』という願いが根を張っているはずなのに。  どうしても、辞められなかった。

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