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【2部】第3話 食事と毒

「西垣洸くんだっけ? 一応、穂高から色々聞いてるよ」  料亭の席に通される。現在、理一から拝借した大きなTシャツにジーンズというだらしない格好をしているため、場違い感が否めなかった。  コース料理なのか、次々と品が並べられ、コウは小さく口を開けてその様を見ていた。ぱっと前を向くと、筿原がこちらに微笑みを向けている。その微笑みは、決して温かいものではなかった。 「洸くんに頼みがあってね、単刀直入に言うけど」  ゾクリとするものが背筋を走る。 「理一を返してくれないかな」  そう言った筿原の目は暗く、執着心を孕んでいた。コウはその冷たさに触れても真顔を維持して篠原を見つめ返すと、話は続いていく。 「君のせいで、おかしくなってんだよアイツ」  コウは目の前にある刺身に視線をすり替え、じっと見る。 「理一さん次第です。俺にはどうすることもできない」 「そう言わずにさ……このまま理一が使い物にならなくなると困るんだ。あれでも一応跡取りだからさ」 「理一さんって、若頭なんですか」 「本人は嫌がってるけどね」 「へぇ……」  筿原は「いただきまーす」と言って、刺身を食べ、酒を飲み始めた。 「いやぁ、アイツには困ったもんだよ。仕事はしないし、気がつくとふらふらどっか行っちまうし、やめろっつーことやめないし……こうやって君のことも囲ってるしね」  不穏な会話の合間に料理をつまみにして酒を飲み、「洸くんも食べな〜」と促してくるので、調子が狂う。こういうところは、理一に似ていて、長い時間を共に過ごしていることをうっすらと感じさせる。 「俺も、本当の息子を昔に亡くしててなぁ……敵討ちがしたいって気持ちは痛いほどわかるんだ。だからアイツの行動を黙認したんだけど……いかんせん、アイツは絆されやすいからなぁ」  コウは今だに食事に手をつけず、ただ筿原の食べっぷりを眺めていた。 「私情を優先させてるんですか。意外と親バカなんですね」 「あはは、よく言われるよ。良くないよなぁ……けど、どんなに寄り道したって跡さえ継いでくれりゃあいいんだよ。アイツには才能があるからな。俺はそれを信じてる」  筿原がグラスをテーブルに置くと、また冷ややかで軽薄な笑みが浮かび上がり、その視線がねっとりと絡み付いてくる。 「で? 君はどうやってアイツを誑かして延命している?」  これが本題なんだろう。 「……何も」 「そんなわけないだろう」 「理一さんがその気になるまで殺してもらえないみたい」 「だったら俺が殺してやろうか」 「理一さんがいい」 「誰だって同じだろう」 「同じじゃない」  口答えを繰り返すと、筿原がため息をつき、冷たい笑みは呆れの一色に呑まれた。 「理一さんは、どれだけの人を殺してきたの」 「言えないなぁ」  筿原ははぐらかしては、揚げたての天ぷらをサクサクと食べながらまた日本酒を飲む。その手を一瞥してから、再び筿原の目を見る。 「あなたに殺されるくらいなら、やっぱり理一さんの手で終わらせてもらいたい」 「……死ぬのは怖くないのかい」 「まぁ……理一さんの気まぐれで生き延びただけだから」 「本当に君は変な子だね」  退屈そうな語尾と伏せられた目は筿原のやるせなさを象徴しているようだった。 「理一のこと、好き?」 「はい」 「そうかぁ……」  筿原がグラスに注がれた日本酒を飲み干すと、再び笑顔を浮かべる。今度は殺気や冷徹さといった類の気配は含まれていない。 「君、ケータイ持ってる?」  突然の問いかけにコウは一瞬固まるが、すぐに首を左右した。 「えっ、持ってないの? 今時珍しいね」 「理一さんに没収されたので」 「あはは、理一らしいなぁ」  懐から何かを取り出し、こちらに差し出してくる。 「じゃあ、これ」  スマートフォンだった。 「あげるよ。俺が連絡したらすぐに返事が欲しいんだ」  受け取って画面をつけると、初期設定画面が出てくる。自分と連絡する手段を与えようとあらかじめ用意したのが窺える。  コウはこれを持ち帰るか持ち帰らないかで悩んだ。 「ほら、遠慮しないで食べてよ。毒なんて盛ってないから。洸くんが食べないと、これ全部捨てられちゃうんだよ」  言われて、とりあえずスマートフォンをポケットに仕舞った。  目の前にある食事に罪はないし、夜ご飯は理一さんの分だけ作ればいい。生魚は多分もうダメだけど。  コウは「いただきます」とつぶやいて、豪勢な食事にようやく箸をつけた。  二人で食事を平らげ、料亭を出ると、再び黒塗りの車に乗せられる。筿原の部下と思わしい男が運転をし、後部座席に二人で並ぶ。その間、筿原はくだらない質問を延々と繰り返してきて、コウは淡々と答えていた。そんな奇妙なコミュニケーションも理一のマンションの近くに降ろされることで終わりを告げる。 「ごちそうさまでした」 「こちらこそ、お話ししてくれてありがとうね」  ドアウィンドウの開いた後部座席でニコニコと笑う筿原に頭を下げると、思い出したように付け足される。 「あ、俺と会ったことは理一には内緒だよ。怒られちゃうからさ」 「……はい」 「じゃあね」  車が発進しそうな空気になって、ふと思い出す。 「待って」  言うと、筿原が手を上げて部下に待機を指示し、顔を少し傾ける。 「一つだけ聞きたいことがあります」 「ん?」 「理一さんの誕生日っていつですか?」  問いかけると、筿原が笑う。 「そんなのも知らないでそばにいるの? アイツの誕生日は──」  一つ知ると、現実を目の当たりにする。  自分は、花澄理一のことを何も知らない。

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