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【2部】第4話 閉じる世界
結果的に、生魚は無事だった。その代わり、理一の好きなシャーベットがドロドロに溶けていて、冷凍し直したら形が歪になった。理一は食前にアイスを食べようと冷凍庫を開け、それを見つけると「なにこれ」と乾いた笑いをこぼした。その時点では、理由を深く言及してこなかったが、夕飯が理一の分しかなかったことで本格的に訝しむ目を向けられ、咄嗟に「夏バテで食欲がない。なんだか朝からぼんやりしてる」と、真実味のある嘘を選んで、なんとか罷り通した。
そうして、数日が経つ。
筿原から渡されたスマートフォンの初期設定を済ませたものの、隠し場所に困っていた。とりあえず、買い物用のサコッシュの中に入れているけれど、いつかきっと理一に見つかる気がした。
スマートフォンのことを考えると、同時に筿原のことも思い起こされる。
ひと足先にベッドに潜り込んで理一を待っていると、寝支度を終えた理一が寝室のエアコンの温度を下げてからベッドに乗っかってくる。コウは理一をじっと見てから上体を起こして、パッと理一の服を捲った。
「え、なに」
「理一さん、入れ墨とかないの」
腕を掴まれて引き剥がされる。
「……ないよ。彫る予定もない」
「ヤクザなのに?」
「僕ってヤクザなの? 自覚ないなぁ」
「じゃあ理一さんは何してる人なの」
「……別に、何もしてないけど」
理一が眉を顰め、すぐに冷たく口角を上げる。
「珍しいね、そんなこと聞いてくるなんて」
腕を掴まれたまま、少し高い位置から冷徹な瞳に見下される。
「僕が何していようが、君には関係ないよね」
突き放すような言い方をされても、コウは動じなかった。
「好きな人のことは気になるよ」
「好きな人、ね。君の場合はちょっと違う気がするけど」
「俺は理一さんのこと何も知らない」
掴まれている手とは逆の手で理一の服をきゅっと掴んで縋ると、理一は少し苛立ったように息をつく。
「知る必要ないでしょ」
「どうして?」
「知ったところで何になるの? 君は永遠に僕から離れられないんだし、今その目に見えてるものが全てでいいじゃん。それじゃあ納得できない?」
「できない」
虚無を映していた目に意志が宿り、理一を捉える。
「理一さんのこと、全部知りたい」
真摯に訴えかけると、掴まれていた腕を解放される。
「生意気」
即座に両頬を挟むように強く掴まれ、手繰り寄せられる。
「君はいつからそんなに偉くなったの」
壁を作り、自分の聖域には絶対に踏みこませないという情念を感じる。理一は本当に苛立っているようだった。
コウはこれ以上怒らせないために口を噤んだが、しかしすでに怒らせてしまっているので、今さらどうしようもなかった。
体を突き飛ばされ、四つん這いにさせられると無理矢理に理一のものをねじ込まれる。コウはいきなり襲う圧迫感に切迫した息を吐くことで自我を保つ。
「余計なことに首突っ込むな」
浅いところから奥に向かって何度も強く叩きつけられ、つらさと快楽ですぐにめちゃくちゃにされる。腰が逃げると捕まり、逃げられないように腕を回される。外側から逞しい腕に圧迫されて、中が締まる。理一のものが奥まで入っていることを自覚させられ、熱い息を吐く。
卑猥な音と強い衝撃に責め立てられ、苦しさが増していく。理一の怒りを己が身で感じさせられ、思わず呟いてしまう。
「ごめ、んなさい……っ」
謝るのは、癖だった。謝ると理一が悦ぶから。
しかし、『絶対に許さない』という意思を示すように、ばちゅんばちゅんと肉と肉がぶつかる力強い音が繰り返され、それに伴う快楽で視界が明滅する。這い上がってくる悦に逃げ出したい欲求が湧き立つが、逞しい腕からは逃がしてもらえず、責める手が緩むことはない。そうして、果てまで引き摺られて、白濁を吐き出すとすぐに体をひっくり返されて、奥の奥まで男根を押し込まれる。
達したばかりの身体をさらに責め立て、窮屈になる肉壁を激しく擦って理一は自慰行為を続けていた。
内腿が痙攣し、背が浮く。理一を締め付けながら、泣き声に近い嬌声をあげる。理一は気持ち良さそうに、しかし苦しげに息を吐き、射精寸前の激しい抽送を繰り返した末にコウの奥に熱を流し込んだ。その間、コウは射精をせずに達して、身体を震わせていた。
──久々に〝物〟みたいに扱われてる。
体の芯に激しく叩きつけられた衝撃に体力は磨耗していた。けれど、また理一のものが硬くなると再開され、壊すことを目的にしてさらに追い詰められる。
コウは覆い被さる理一にしがみつき、脚を理一の腰に絡めてホールドする。気持ち良さで訳がわからなくなっていると、口付けられてもっと分からなくなる。
こうやって玩具みたく使い潰され、犯されても、理一が自分を求めていることを感じ取れる。
『そんなのも知らないでそばにいるの?』
筿原の言葉がふと蘇ると、欲が芽生えてくる。
──この人の、一番になりたい。
頭の中でぽつりと呟いては、それは激しい振動に掻き消され、真っ白になっていく。
生産性のない性行為をしばらく続け、理一が満足するとそれは終わった。
倦怠感に見舞われながらベッドに横たわっていると、また理一が覆い被さってくる。終わったと思わせて、またやるつもりなのかと身構えると、理一の目は特にギラついているわけでもなく、普通だった。
「そういや、君のスマホのことなんだけど」
突然のことで、心臓がドクリと脈打つ。
コウはゆっくりと身体を起こし、理一と向き合う。理一は観察眼が鋭い。気づかないふりをして、実際には気づいているような男だ。だから、筿原からもらったスマートフォンの存在にも気づかれたか。
コウは真顔を保ちながらも、心臓だけが嫌な音を立て続けていた。
しかし。
「もう使わないよね。後々面倒だし、解約しに行こう?」
どうやら元々持っていたスマートフォンの話だったようで、コウは一気に脱力感を味わう。その様を見た理一が怪訝な顔をしてから、表情が冷たくなっていく。
「なぁに、まだ前の生活に未練があるの?」
コウは首を左右する。
「ない」
答えると、理一が微笑む。
「理一さんが言うなら、すぐ解約する」
「その前に、SNSとか全部退会しといてね」
「うん」
「何にも、残しちゃダメだよ」
「分かった」
頭を撫でられ、口づけられる。
以前使っていたスマートフォン──以前の生活に対する未練など、一切なかった。
世界との繋がりを完全に消されると、自分がこの人の所有物であることを強く自覚させられる。
この人さえいれば、それでいい。
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