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【2部】第5話 断絶
ソファでテレビを見ていると、理一から自身のスマートフォンを手渡される。ロック画面上には何の通知もなかった。しかし、アプリケーションを開くとたくさんのメッセージが届いており、間違いなく通知はあったはず。その事実に、理一がこまめに確認をとっていたことを察する。ロックナンバーを自分の誕生日に設定していた故に看破されたのだろう。別にやましいことなどないし、どうでも良かった。
着信履歴もそれなりにあり、留守番電話までしっかりあった。それらは全部元バイト先の店長からだった。店長は自身の境遇を知っているため、働いている当時からかなり気にかけてくれていたのをうっすらと思い出す。メッセージの方も確認すると、店長はもちろん、元バイト先の同僚、高校時代の友人から何十件も届いていた。コウは特に感じるものがなく、理一の目の前で証明するように全てのSNSの退会ボタンを押して、画面を見せる。
すると理一が頭を撫でてきて「じゃあ、次は解約だね」と笑む。コウは近場のキャリアショップを検索し、予約の電話を入れるが、契約内容の関係でマイショップでないと受け付けられないと断られてしまった。
「めんどくさいなぁ」
その事態に理一がぼやいた。
「マイショップの方で午後二時に予約できた。行ってくる」
「僕も行くよ」
理一がそう言うと、コウは少し間を置いて「分かった」と答える。
久しぶりに行く地元だった。
理一が車を出してくれて、コウは助手席から景色を眺めていた。
──スマートフォンを解約したら、もう二度と来ないんだろうな。
他人事のように思うと、思考は夕飯のことに移り変わっていた。
キャリアショップに駐車場などないため、少し離れた場所にあるコインパーキングに車を停める。いざマイショップに向かうべく、懐かしい道を二人で歩いていると、元職場を通りかかる。コウは何気なく店に目線を送ると、ドアガラス越しに店長の姿を見つける。ふと、目が合った。コウは視線を前に戻して店を通り過ぎ、理一の横を歩き続けていると。
「コウくん!」
数秒して、背後から大声で呼び止められる。
コウは一度立ち止まり、振り返った。
店長が息を切らせながら駆け寄ってくる。
「コウくんっ、どうして連絡を返さないの、ずっと心配してたんだよ! 俺だけじゃない、みんな君のこと気にかけてる!」
反応に困っていると、両肩を掴まれる。
「君は今何をしてるの」
店長は真剣な面持ちで問いかけてくる。倫理観がしっかりとした、成熟した大人の反応だった。店長には奥さんがいて、小学二年生になる子供もいる。まともで、自分とは住む世界が違う人だとずっと思っていた。
「……何もしてないです」
淡々と答えると、店長が肩から手を離す。
「仕事は?」
答えられずにいると理一が店長に詰め寄った。
「すみません、僕たちこれから用事があるんですよ。ほっといてください」
ニコニコと笑う顔は張り付けただけに過ぎず、裏側には殺意に近いものが隠されていた。
店長はその微かな殺意を感じ取ると冷や汗をかきながらも、理一をキッと睨んだ。
「あなたは?」
「僕? うーん……なんて言えばいいかな……コウくんの保護者?」
理一が疑問系で口にしてこちらを見てくるが、コウは肯定も否定もしなかった。保護者というより、所有者の方がしっくりくる。けれど、そんなことを言えばめんどくさいことになる。
適切な役割名を見つけられずにいると、店長が理一と向き合う。
「あなた、普通の人じゃないでしょう」
「……へぇ、分かるの」
「コウくん……君は今、いけないことに首を突っ込んでるんじゃない?」
店長は店の責任者なだけあって、人を見る目がある。筿原や穂高と顔見知りになり、理一の所有物となっている今、いけないことに首を突っ込んでいると言わずになんと言えばいいか。
図星を突かれて反論に困っていると。
「コウくん、俺が力になる。本当のことを話してよ」
「話して何になるんですか?」
深いことを考えず、口をついて出た。突き放すような物言いに、店長がぎこちない反応を見せ始める。
「何って……君はもう十分つらい思いをしただろう? これからは真っ当な人生を送るべきだ。金がないなら、俺がなんとかする。働き口がないなら、またうちで働けばいいし」
店長が親身になって寄り添いの言葉を投げかけてくる。だが、コウからすれば意味の伴わない、つまらない音でしかなかった。
「店長には関係ないですよ」
煩わしさすら感じて、ばっさりと切り捨てると店長が目を見開いた。
「これは俺が決めたことですから」
これ以上話すことはない。歩みを再開するべく一歩踏み出すと、手首を掴まれた。
「大人として言う。それ以上道を逸れたら、もう戻れないぞ。今ならまだ間に合う」
店長の言葉が、今度はしっかりと意味を持って胸に突き刺さる。
──もう戻れない。
その意味を噛み締め、店長の目を見る。
「別にいい」
虚無の浮かぶ瞳で告げると、店長が息を呑んだ。
コウは掴まれた手を振り解き、理一の手を握る。
「予約の時間過ぎちゃう。行こう」
理一の顔を覗き込むと、理一は店長を横目で侮蔑するように見ていた。
足を止めたままだった理一を引っ張りながら踏み出すと「コウくん!」と店長に叱咤するように呼ばれる。それを無視して、理一と共に本格的に歩き出した。
自分のしていることが間違っている感覚など一切ない。いつか、この命が役目を終えた時、この人が自分を消し去ってくれる。それが、正しい道。自分が渇望しているもの。
そして、この人の一番になって、自身の喪失を凶器に、この人の心に深い傷をつけたい。
そんな仄暗い野望を抱きながら、一緒に歩き続ける。
そうしてマイショップに着くと、解約はすぐに終わった。パーキングに戻る途中で、テイクアウト専門のコーヒーショップでアイス珈琲──ではなく、レモンスカッシュを二人で買い、飲みながら帰った。
日差しの強さで汗ばむ身体。玄関に入ると、外よりは幾分かひんやりしていた。
一息ついた瞬間、理一が触れてくる。
ハッとした時には玄関の壁に押さえつけられ、口づけられていた。予想だにしていなかったため、体が無意識に抵抗をした。それを封じられて無理矢理に舌を絡められると、飲んでいたレモンスカッシュの味が残っていて、不思議な気持ちになる。
生々しく湿った音を立ててしばらく舐り合い、糸を引いて離れる。
コウは少し息を荒げ、火照りながら理一を見上げる。かち合った目は歪に悦びを湛えていた。
「スマホも解約できたし、あの鬱陶しい男も切れたし、偉いね」
頬を撫でられ、コウはその手に自身の手を重ねる。
「君は、僕だけいれば良いんでしょ」
「うん」
縛りつけるような言葉と目線。コウはそれら全部を受け入れた。
肯定すると、また口づけられる。
独占欲を滲ませ、持てるもの全てを奪い取り、どうしようもないほどに支配してくるこの男が好きだった。
その支配欲を感じるたびに、花澄理一の心の奥に打ち込んだ楔が根を張っているのを確信する。
だけど──まだ花澄有理の存在には勝てないのだろう。
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