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番外編
ベッドボードに寄りかかり、煙をくゆらせる。宙を舞う白い靄が消えゆくのをぼんやりと見つめてから、サイドテーブルに置いた灰皿に煙草を擦り潰した。
自身の隣で死んだように眠っている洸を凝視しながら、彼の柔らかい癖っ毛を撫でる。
西垣洸。少し前までは意思表示すらまともにしないつまらない男だったのに、今では飼い主の気を引こうと悪戯を仕掛ける、嫉妬深い猫のように思えた。その様が愛おしくて仕方なかった。
けれど、この寝顔を見ていると思い出してしまう女がいる。自身が十五歳の時に手にかけた、西垣洸の母親だ。
彼女にそっくりな洸の顔立ちは至極整っている。ふとこちらを見上げる瞳は彼女と同じで、虚無を宿しているのに強かで不気味だった。
その不気味さに嫌悪感があるのに、手放すことを一切考えられない。この男の全部を手に入れないと気が済まなくなっている。
洸の身体は薄くて軽い。強く抱きすくめれば簡単に折ることが出来てしまうだろう。太腿は自身の二の腕よりやや太い程度で、外を出歩くことを禁じてから余計に筋力が衰えたのもあるだろうが、同じ男とは思えないほどに柔らかい。強く爪を立てれば、きっと簡単に血が滲む。
何もかもが非現実的で、浮世離れしているこの青年を近くに置くと、酷く所有欲を掻き立てられる。それは独占欲や支配欲、醜い感情全部を引き出して混ぜ込んでしまう。
理一は洸の髪に触れるのをやめ、あたりを淡く照らしていた電球色のスタンドライトを消す。すぐに布団へ潜り込んで、洸の体を抱き寄せた。
──この子が女なら簡単だったのに。孕ませて、子供を育てるという義務を与えることで生から逃れられないようにして、自分の妻として娶れば永遠に縛りつけることができた。西垣の姓を消し去って、自分の姓で上書きすれば、この復讐を終えられた。
『俺はお前のそういうところを見込んでいるんだよ、理一』
ふと、あの人の声が過ぎる。
自分以上に、復讐に取り憑かれていたあの人──筿原治の声。もうこの世界にいないはずなのに、どこかから聴こえてくる。記憶が、勝手にあの人の声を再生する。
誰からも見向きされなかった僕を見つけ出して、価値を与えてくれた義理の父親。
蓋を開けてみれば、そこにあったのは忌々しい崇拝者の目だった。心酔するように希望を押し付け、自分の叶えられなかったことを叶えてくれる救世主に仕立て上げようとする傲慢さが根底にあった。
──ああ。そういえば、自分の本当の名字は、あの人に奪われたんだ。結局、僕のものは全部あの人のもの。完全には、手に入れられない。
暗闇を見つめていると、腕の中で洸が身じろぎ、抱き返してくる。依存と独占欲を孕んだ、細い腕。この腕は力こそ弱いが、そこに宿るものは決して生易しいものじゃない。
──僕のことを、己を終わらせるトリガーとして機能させたいらしい。その執念は常軌を逸している。僕の大事な宝物でさえも傷付けて、その座を奪おうとする。全部を飲み込もうと、加害性を強めてくる。
──どいつもこいつも、身勝手な理想を押し付けてきやがって。
理一は心にかかった靄を振り払い、目を閉じた。
絶対に、西垣洸の思い通りにはなってやらない。この子の全部は、僕のものだから。どんなものも、決定権を譲るつもりはない。
永遠にこの腕の中に閉じ込めて、思い通りに押さえつけて、一生傍に縛り付けてやる。
絶対に、離してやらない。
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