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【3部】第8話 質問

 メッセージにて、理一に一週間掛かりの密輸を任せると、すぐに連絡が返ってきた。それも、電話で。  珍しく思いながら応答すると、理一はぎこちなく言葉を紡ぎ始めた。 『この前の件もあるし、悪いんだけどコウくんのこと預かってよ』と。  訝しく思う。西垣洸に仕掛けられて、まるで押し倒したかのような構図に誘われた時、理一は静かに激昂しながらこちらに銃口を向けて、恐ろしいほどの独占欲を見せてきたのに。  結局、返事など聞かず、問答無用で西垣洸を押し付けられた。  正直、断りたい気持ちでいっぱいだった。彼のせいで理一に殺されかけたのだ、再び仕掛けられたらたまったもんじゃない。自ら爆弾を抱え込むようなものだ。  しかし、理一の切羽詰まった顔を見てしまうと、断れなかった。 「分かったよ、任せて」と困り笑顔を浮かべると「手ぇ出したら殺すからな」と一方的に睨まれ、やっぱり預からなきゃ良かったと後悔した。あまりの理不尽さに表情が引き攣る。  そうして、部屋に西垣洸をあげて数十分が経つ。  夏木はモニター越しに口座の動きを確認したり、ワーカーからのこまめなメッセージの返信や取次、組織内の端末に不審なログがないかの確認をしたりと、地味な業務をこなしながら、横目で西垣洸を覗く。背後から機密事項まみれのモニターをガン見されている。  見られたところで、彼には理解できないだろうが。 「洸くん……あのね、俺も遊んでるわけじゃないのよ。あっち行ってなさい」  感じる視線を冷たくあしらうが、気配は一向に離れてくれない。 「理一さんのこと教えて」 「本人に聞けばいいでしょうが」 「理一さんは何も話してくれない」  西垣洸の声は、感情が一切なく、不気味だった。何を考えているのか、一切読めないのだ。 「あぁ……そうだね、理一はそういう奴だ」  回転式のチェアをくるりと回して、洸と向き合う。 「で? 何が知りたいの?」  デスクの下に収納していた折りたたみ式の丸椅子を洸のために用意してやると、洸は素直に腰掛けた。 「夏木さんと理一さんはどれくらいの付き合いなの」  夏木は一応モニター画面を隠して、洸と再び向き合う。 「えっと〜……俺が十四の時に少年院で出会ったから……もう十二年になるのか」 「夏木さんは何して捕まったの」 「うーん……クラッキング、って言えば伝わんのかな。そういう腕試しがしたい年頃だったんだよね。まんまと失敗したけど」 「出会った頃の理一さんはどんなだったの」 「今と変わんないよ」  淡々と応答して、違和感に気がつく。理一が不安定なのは今に始まった事ではないが、しかし──明らかに豹変を遂げている。 「いや……君との関係を見るに、だいぶ変わったかもなぁ。昔のアイツは復讐以外に生き甲斐なんてもんはなかったと思う。アイツは、弟が全てだったからね」  少年院で話した時は、歪んだ瞳の奥に破壊衝動を宿らせ、そのさらに奥には弟ただ一人しか映っていなかった。それが、この西垣洸という少年にスライドしているのは、側から見ても明白だった。  肝心な本人達はすれ違いまくって、そのことに気がついていないようだが。  少年院で出会った頃の理一の姿を思い出しながら、記憶を引き摺り出していると。 「恋人はいた時ある?」  突然質問のカテゴリーが変更されて噴き出す。 「あはは! なにそれ、可愛い質問だね」  笑いかけても、笑い返してくれないこの人形のような表情がどうも苦手だ。  夏来は気を取り直す。 「んー……いたことないんじゃない? 聞いたことないや、アイツに恋人がいたなんて話。まぁ、童貞は早い時期に捨てたみたいだけど」  感情の機微を読み取りづらい洸だが、この時はなぜか不穏なものがチラついていて、意外と内にはいろんな感情を持っている少年なのかもしれないと思った。 「逆に、こっちも質問していい?」  好奇心が働く。 「洸くんは? 恋人いたことある?」  尋ねると、洸は首を左右した。  この数十分で感じた西垣洸の印象としては、表情が動かず、気配なく背後に立っていたりと不気味な存在であることは間違いないが、それが魅力とも言えなくはない。顔立ちも綺麗だし、仕草が幼くて可愛らしいと感じさせる。理一が執着する理由はきっと他にもあるのだろうが、無関係である自分からしても他と違うものを彼から感じ取れる。だからこそ、独占欲を掻き立てるというか、色気を感じるというか──。  夏木はこれ以上考えると、理一に殺されるような気がして思考を止めた。  あくまでこの少年の過去を知る、という目的のもと、会話を続行する。 「へぇ……モテそうだけどね。告白とかされたことないの?」 「……ある気がする」  好奇心がまた膨れ上がる。詳しく聞こうとすると。 「でも、興味なかったから」  それ以上の背景は無かった。  夏木は低く唸った。 「そんな子が、なんであんなバカに執心してんのかね。アイツといても幸せになれないよ」  この少年は、理一と再会する前までは普通の生活をしていたことを短い質問から察する。理一が彼を殺そうと、彼の部屋に行った日に変わってしまったに違いない。それは、理一も同じだが。 「幸せになるつもりなんてない」  平坦な声が告げる。 「俺は、あの人に消されたい」  度々、理解できない思想を振り翳すこの少年に一体どう反応するのが正解なのか。  夏木はとりあえずシンプルな疑問をそのまま口にした。 「なんで? 君は理一のことが好きなんでしょ? これからもずっとアイツのそばにいたい、そういう風には思えないの?」 「俺は、生きるべき人間じゃない。還るべき場所がある」  抜け殻のような眼差し。それは、この思想が彼の奥深くに根差していることで形成されているのかもしれない。  ──馬鹿馬鹿しい。 「還らなきゃいけない場所なんて、今の君にはないよ」  自分は、死にたくないから罪を犯し続けている。この少年の思想に触れるたびに、心底苛立ちを感じていた。生きたくても生きられない人だっているのに。  夏木の言葉に洸は戸惑っているようで、ほんの少しだけいつもより目が見開かれている。 「……この世界にいなよ」  言うと洸は何も答えない。  沈黙が流れ、ちょうどスマートフォンがブブッと振動した。 「あー、まずい……仕事しなきゃ……ほら、あっちでテレビでも見てなさい」  デスクの斜向かいに位置する五十型の液晶テレビを指差すと、洸が視線をすり替える。 「……日本の番組」 「サブスクだけどね」 「バラエティは久しぶりに見た」  洸の両肩に手を添えて、ソファに誘導しながら問いかける。 「一人の時、理一の部屋で何やってるの?」 「何も。強いて言うなら家事かな」 「じゃあ、ゲームやる?」  テレビ台の下に置かれたゲーム機を指差すと、洸はそれをただじっと見るだけで返答しない。 「あー……洸くんはゲーム好き?」  確認すると、「別に」と愛想のない返事。可愛くない。 「あはは、暇つぶしに提供できるものなんてこれくらいしかないからなぁ……」  イライラしながらも無理やり口角を上げてコントローラーを差し出すと、洸がジト目でこちらを見上げてくる。 「夏木さん、もしかして俺のこと子供扱いしてる?」  言われて、冷や汗をかく。 「……あれ? 君、何歳だっけ」 「二十三だけど」  驚愕の事実だった。こんなにも少年然としているのに、成人済み。  あどけない見た目のせいで勝手に少年だと思っていたが、二十三歳とはまごうことなき青年と形容できる齢だった。 「うーん……正直、十歳くらい離れてる感覚だったなぁ……確かに、事件から逆算したらそうなるか」  洸がコントローラーを受け取りながら。 「夏木さんも弟いるの?」  また突拍子もない質問をしてくるので、キョトンとしてしまう。 「いや? 姉貴が一人いるだけかな。ま、縁切られたんだけどさ」  姉のことを思うと、複雑な気持ちになってしまう。唯一の肉親にして、自身を女手一つで育ててくれた。ぼんやりしているけれど、意思が強くて優しい人。縁を切られても、守りたい人だった。  思い耽ると、嫌なことまで次々と思い出してしまい、夏木は抱えている問題から、記憶から、目を逸らした。 「洸くんは確か一人っ子だよね」 「うん」  会話が止み、ふと洸の視線が突き刺さる。次は何を訊かれるのかと身構えると。 「夏木さんも人を殺したこと、あるの」  センシティブな質問だった。  西垣洸は、基本的に自分の知りたいことをモラルや順序など関係なく問いかけてくる傾向があるように感じる。夏木は自身の首をさすった。 「俺はないよ。ああ、でも……間接的には殺してるのかな。まぁ、君には無縁だと思うけど──」 「俺も殺した」  遮られて、思考が途切れる。 「だから、死ぬ理由はあっても、生きる理由はない」  既に第三者から知らされている情報だ。それが本人の口から出ると真実であることをまざまざと思い知らされる。こんなか細い青年が人を殺したという事実と、その重みにどう言葉を選べばいいのか。咄嗟には分からなかった。 「そうだ……筿原さんの遺体ってどうなったの。俺たちは今、あっちで指名手配されてる?」 「されてないよ」  夏木はずり落ちていたメガネをカチリと音を立てて持ち上げた。 「理一から聞いてない?」  洸が顔を横に振る。 「犯人が別ででっち上げられてる。組が手回ししたんだろ」 「俺たち、人を殺したのに」 「筿原さんは随分と理一に執心してたからね。死んでもなお、アイツのことを守ってる。何がなんでも、継がせたいんだよ」  筿原治。面識は一回会ったのみで深い関わりはなかったが、悪い噂は予々耳にしていた。妻子を殺されてから、筿原組は犯罪組織すれすれの組に変わり果てていたため、とにかくヤバい噂が絶えなかった。  あの組は、理一を頭にすることで完成してしまう。  夏木はじっとりと絡みつく洸の視線に視線で返す。 「でも、君は別だろうね。日本に戻れば、間違いなく殺される」  ゲーム機の電源を入れて、画面の入力切り替えをする。 「理一はそれを理解してるから、日本に戻らない覚悟を決めてんだよ」  ──それほど大切にされてるのに、なんで分かんないのかな。  洸は何も言わず、ただゲームの起動画面を見据えるだけだった。  こんなことを言ったところで、彼の破滅願望が消え去ることはないと分かってはいるけれど。  西垣洸。この子はなんだか、姉を見ているみたいで──他人事に思えなかった。

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