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【3部】第11話 贈品
夏木が軽く部屋の片付けをして、パントリーから個包装になっている焼き菓子を取り出し、コーヒーメーカーを起動する。洸はソファに座って、その様を無言で眺めていた。テレビの中で笑いが起きて、視線をすり替える。視界の端で夏木がドタバタと掃除機を雑にかけている時だった。
玄関の開いた音がした。理一と同じように、この部屋に入るための番号を知っているくらいには、夏木と親しい間柄。
夏木が掃除機を持ったまま玄関に向かった。
「おひさ〜」
「はいはい、お久しぶり」
陽気な男の声がして、夏木が適当にあしらっている。
テレビに視線を向けながら、短い廊下に響く二つの声に集中する。
「今理一の連れいるから、あんま変なことしないで」
「えっ、何……預かってんのって、筿原の? アイツ、ガキいんの」
「あ、いや違う、語弊のある言い方したな……預かってるのは理一の子供じゃなくて……えーっと……アイツの大切な人だよ」
「ふーん……タイムリーだねぇ。明け方に筿原から久々に連絡あったよ」
「え、なんで?」
「ちょっと相談されちゃって」
「なんだ、それ……」
「守秘義務があるから言えないけど」
リビングの扉が開かれる。現れたのは、理一よりかは背が低く、軽いウェーブがかった黒髪を少し長めに伸ばした青年だった。年齢は二十代後半から三十代前半くらいだろうか。
目が合うと、青年がニコリと笑って近づいてくる。
「わぁ、可愛い先客だね」
視線を合わせるように屈んだかと思えば、顎を掴まれて顔をまじまじと覗き込まれる。夏木がギョッとしてコウから青年を引き剥がした。
「やめろ、若頭に殺されるぞ……!」
「あはは。若頭ってか、もう組長だろ」
引き剥がされてもなお、青年の視線が突き刺さり、じっくりと見定められる。
「あ……なるほど。君のことか」
また屈んで微笑んでくる。
「こんにちは」
「……こんにちは」
青年が何かを探るようにコウを見つめ続け、今度は自身の顎に手を当てる。
「あら……君、死相が出てるよ」
夏木が「おい……」と、また青年を引き剥がした。それも構わずに青年が続ける。
「俺ね、占いが得意なんだ。勘もよく当たる。信用していいよ」
「信用できねーだろ、お前みたいな胡散臭い男」
「あはは」
コウは何も答えず、見つめ返す。彼は今までに見たことのない人種で、すこし会話しただけじゃ何も理解ができない。目を見ればその人にある感情の機微が多少なりとも分かるものだが、この男は別だ。ヘラヘラと笑っているのに底知れない冷徹さを感じさせ、その先にある思考が全く読めない。その視線に気がつくと、青年は重ねてヘラヘラと笑いだす。
「疑ってるな〜? ホントだよ? じゃあ君の血液型と生まれ月を当ててあげる」
突然ビシッと伸ばされた青年の指先がコウの鼻頭に触れる。
「血液はA型! 生まれ月は十二月!」
夏木がその手を掴み、退かしてからコウに訊ねる。
「洸さん、どうですか」
「……どっちも違う」
ため息をついて、夏木が青年の肩をど突いた。
「佐野……もうお前は黙ってろ」
「ん、おかしいな……今日は調子が悪い……」
「てか、仕事の話しに来たんじゃねーのかよ」
「あぁ、そうだった」
キッチンから漂っていたコーヒーの良い香りが、カップに注がれることで更に香る。夏木が先ほどの焼き菓子を小皿に出すと、ダイニングテーブルに運んだ。
そうして、佐野と呼ばれた青年が着席して会話が始まる。それは、日本語でもスペイン語でもなかった。発音の響き的に、中国語な気がする。
夏木が此処にいても良いと言った理由は、コウに理解できない言語を駆使しての打ち合わせだからか。
コウはソファに座ったまま、横目で二人を観察してからテレビ視聴をする。
『君、死相が出てるよ』
日本語の番組なのに、画面を見つめても内容が入ってこない。青年に言われたことを反芻してしまう。
──どういうことなんだろう。破滅願望が顔に出てるってことか。
──それとも、この人は何かを知ってるのか。
夏木と佐野の話し合いはたったの三十分あまりで終わった。小皿にあった菓子を見ると、綺麗に無くなっている。
佐野が夏木との会話に笑いながら席を立つと、そのままこちらにやってくる。
コウは佐野をまっすぐに見上げた。
「君、名前なんだっけ……洸くん?」
「うん」
「さっきので信頼を損ねちゃったけど」
佐野の手が頭を撫でてくる。
「君、ホントに気をつけたほうがいいよ。予定って、狂うもんだから」
細められた目はこれから起きる何かを深く知っているようで、強く惹かれる。そして、この人には何か特別な力があるような気がしてくる。全てを見透かす深い漆黒の瞳に吸い込まれそうになりながら思う。
「……どういうこと」
佐野はコウの質問には答えず、ニコニコと笑うだけだった。頭から手を離して「じゃ、帰りま〜す。お菓子ごちそうさま」と足早に部屋を出ていった。
「あの人、なに?」
「何って言われてもな……色んなことやってる奴で……まぁ、本業は闇医者かな」
「ふーん」
「相手しなくて良いよ。変な奴だから」
佐野の発言を一つ一つ思い出す。
『あはは。若頭ってか、もう組長だろ』
この場にいない理一に対しても、かなり親しげだった。そして、筿原組の内情を知っているような口ぶりも気掛かりだった。
「あの人、理一さんと知り合いなんだ」
「……まぁ、元筿原組の構成員だしね」
コウは夏木に向き直る。
「そうなの?」
夏木は頬を掻いて、曖昧に頷いた。
「昔の理一さんについて訊けばよかった」
「君も懲りないな……」
死相が出てる。なにより、そのことについてもっと詳しく知りたかった。占いや直感など信じるタイプではないが、何故か無視して良いものではないように思えた。
この街は物騒で、何が起きるか油断ができない。もし、理一さんの誕生日よりも前に死んでしまったら──。
コウは立ち上がって夏木に詰め寄った。
「ねぇ、お金がいるんだけど」
「えっ。何、急に……」
「理一さんの誕生日、もう少しだから」
言うと、夏木が呆然としてから「あぁ、なるほどね」と微笑んだ。
「俺のこと雇って」
「無茶苦茶言うね……」
夏木は要求するとなんでも叶えてくれるため、もはや遠慮ができなくなっていた。夏木は低く唸り、斜め上を見上げて思案している。
「じゃあ……ここにいる間、家事でもお願いしようかな。日給は、そうだな……日本円で言うところの三万なんてどうでしょうか」
コウは小さく口を開けた。
「そんなにくれるの?」
「妥当でしょ」
あと六日間だから、しっかりと手伝いをこなせば日本円で十八万円分の金銭が得られる。
「分かった」
カラオケ屋でバイトをして、金銭を稼ぐ生活をしていた過去がまるで遠い昔のように感じられて、感慨深い。
「何をプレゼントするの?」
ふいに夏木に尋ねられるも、何も考えていなかった。
「常に身につけるものがいい。何が良いと思う」
「うーん……好きな人に贈るなら、やっぱり指輪じゃない?」
指輪。アクセサリーには無頓着で何も分からなかった。とりあえず。
「理一さんの指のサイズ教えて」
「いや、さすがにそこまでは分かんないよ……」
夏木がタブレットを起動して、アクセサリーの通販サイトを検索してくれる。
指輪の他にネックレスやピアスもあった。海外のサイトであるために、値段が書いてあっても、実際にどれくらい必要なのかピンとこない。察した夏木が小さく笑う。
「最後の日に予算内からピックアップしてあげるよ」
頭を撫でられるが、すでに頭の中は理一のことでいっぱいだった。
「誰かにプレゼントをあげるのなんて、初めてだ」
コウは通販サイトを愛おしく見つめる。
「初めてが理一さんで良かった」
夏木はコウの発言を耳にしてから、やんわりと頭から手を離し、なんとも言えない顔でコウを見ていた。
──自分が消えた後も、理一さんに何かを残せれば、忘れられるまでの時間が延びるのだろうか。
自分は、あの人に忘れられるのが一番怖くなっている。
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