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【3部】第12話 リマインド

 あと一日で仕事が終わる。  理一は慣れた手つきで車のシートを倒して佐野に電話を入れた。  これだけの仕事をこなしても、残念ながら報酬は三千万には到底及ばない。もちろん、回数を重ねたとしても、来月までに目標を達成できないことは考えなくても分かった。  退屈なコール音を繰り返し聴いていると、ようやく途切れる。  ガサガサと音が聞こえ、佐野が喋るよりも前に口を開いた。 「もしもし」 『んあ……筿原? やっほー、こんばんは。つっても、そろそろ朝だけどね』  ベラベラとうるさい口がどうでもいいことを紡ぎ出す。  筿原と呼ばれるのが嫌いだと知っていながら、コイツはあえて筿原と呼んでくる。苛立ちを腹に抱えながらも、目的のために耐え忍ぶ。  理一はうんざりしながら続けた。 「この前の件なんだけど」 『おぉ、どうすんの』 「……まだ決めてない」 『はあ? じゃあコレは何の連絡〜?』 「言ったろ、決めるにしたって今は金がないの。なんか仕事紹介してよ、金貯めながら考えるから」  金はあるに越したことはない。とにかく金を稼ぐためなら、旧知の仲であるこの男をも利用するしかなかった。  横暴な態度で頼ると、佐野が「え〜」ととぼけた声を漏らす。 『夏木から仕事貰えばいいじゃん……って言いたいところだけど、ちょうどお前に頼みたかった仕事があんだよね。やる?』  仕事の獲得に苦戦を強いられると思ったが、案外事は上手く運びそうだ。理一は「あぁ」と二つ返事をして、体を起こした。 『じゃあ、リスト送るからさ。そいつらぶっ殺して死体を俺んとこに回してよ』  ポン、とメッセージに添付ファイルが送られてくる。 「一人でかよ」  馴染みのある仕事。理一はファイルも開かず、佐野に問いかけた。 『まさか。何人かそっち寄越すよ』  面倒な気持ちと安堵の気持ちが同時に押し寄せる。理一はスピーカーに切り替えて、送られてきたファイルを開いた。  ──あぁ。本当はもう嫌なのに。  ──でも、西垣洸と一緒に生きていくには仕方のないことだった。  心の中で自身に言い聞かせて、平静を取り繕う。だけど、スマートフォンを握る手は震えていた。  ファイルを読み込むプログレスバーを死んだ魚のような目で見つめる。スマートフォンの光が自身の瞳に反射していた。  ──馬鹿馬鹿しい。    理一の仕事が一日長引き、夏木から支払われた報酬が二十一万円に跳ね上がった。  夏木は予定通り、予算内のアクセサリーをピックアップしてくれた。  指輪とネックレスで悩んでいたところ、「指輪をネックレスにすればいいんじゃない?」と夏木に提案され、コウはその啓発に従った。  頼んだものを夏木がカートに入れて購入手続きを済ませると「うちに届くようにしたから、届いたらコウくんに渡しに行くよ」と約束してくれた。  誰かにプレゼントを贈るというのは、不思議な気持ちだった。  理一を想いながらグラタンを作った際、めちゃくちゃに叩きつけられた過去がある。故に、もしかしたら外に投げ捨てられて無駄に終わる可能性もあった。  そうなったのなら、仕方がない。自分の価値はその程度だった。それだけのこと。  指輪を壊される想像をしても、心はなぜか凪いでいた。  夏木が理一に連絡を入れ、理一の帰宅時間が明確になる。テレビを見ながら時間を潰していると、いつかと同じように理一が夏木のアパートにやってきた。  現れた理一は、五日間の仕事をこなした時よりも酷く窶れていて、コウは何かが軋むような感覚を心で味わう。  変わり果ててしまうほど過酷な思いをさせられているのなら、こんな仕事やめてしまえばいいのに。  抱きしめたくて近づくと、手を掴まれる。理一はコウに見向きもせず、「長い時間悪かったね、手間かけさせた。今度お礼するからさ」と夏木に微笑む。夏木が何かを言うより前に、「じゃあ」と足早にコウを連れて、アパートを去ってしまった。  向かいのアパートであるが故に、徒歩三分程度で帰宅する。一週間ぶりの部屋は少しだけ埃っぽく感じられた。  理一は玄関にボストンバッグを落とすと、室内用のサンダルに履き替えてコウを見下ろす。 「夏木んとこで良い子にしてた?」  声が柔らかくて、窶れているのに慈愛があった。  コウは「うん」と頷いて、自分も室内用のサンダルに履き替えた。 「何して過ごしてたの」  問いかけられ、一週間の出来事が脳裏を駆け巡る。理一の誕生日プレゼントのために、夏木の手伝いをしていた。けれど、素直に告げるわけにはいかなかった。 「……ゲーム」 「へぇ。コウくんって、ゲーム好きなの」  理一はリビングまで進むと、流し台で手を洗い、うがいを済ませながら問いかけてくる。その様を真横で見届ける。 「昔は好きだったけど、今は別に。やることがなかったからやってただけ」  実際にゲームはプレイした。夏木はFPSや格闘ゲームをよくやるようだが、どれも難易度が高くて楽しくなかった。異国語で罵られたり、なす術もなく敗北を叩きつけられ、面白いと思った瞬間が一度もなかった。しかし、これらは小学生の頃の自分が友達と遊んでいたゲームタイトルと同じシリーズだった。  ──まるで、今いる俺は過去の記憶を保持しているだけの別人だ。両親が死んだ時に、今の自分が生まれた──そんな自覚が芽生える。  コウが俯いていると、理一が目の前に立つ。 「暇が嫌なら言ってよ。ゲーム機くらい僕だって買ってあげるよ」  頬を撫でられ、見上げると微笑みがあった。  いつもと違う理一に呆然としながら、その笑顔に見惚れる。 「いらない」  ぽつりと返すと、頬を撫でる手が止まる。 「じゃあ何が欲しい? なんでも買ってあげるよ。言ってごらん」 「何もいらない」  断ると、その笑顔が凍りついた。理一のプライドを傷つけたのかもしれない。  コウはずっと抑えていた衝動に従い、理一にぎゅっと抱きつく。 「何もいらない。理一さんがいてくれるなら」  抱きついた時に、いつもと違う匂いを感じ取る。これは知っている匂い。だけど、なんでこんな匂いがするのか分からない。 「今日からしばらく部屋にいる?」 「いるよ」  身体にまとわりつく違和感を受け流しながら理一の心臓の音を聴く。気がつけば、何もかもがどうでも良くなっている。温かくて、抱き返してくる腕は逞しい。力を込められたのなら、自分は簡単に圧死するのに。  頬擦りをすると、理一が笑ったような吐息をもらした。 「なぁに……恋しかったの?」 「うん。理一さんは」  問い返すと、理一が横目でどこかを見る。 「まぁ……ズリネタにはしたかな」 「なにそれ」  〝ズリネタ〟がなんなのか分からなかった。  顔に疑問を浮かべると、理一が小さく笑って、コウの肩に腕を回しながら風呂場に向かう。  この前と、同じようなシチュエーションなのに、今いる理一は。  なんだか、変だった。

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