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【3部】第13話 名前
リストには五名の名前が記載されていた。それは全員が日本人であったため、訝しく思う。
試しにリストの一番上にある名前を検索エンジンに入力してみたが、特に該当するデータはなかった。
佐野になぜ殺す必要があるのか問いかけても、『仲介業者には教えられませ〜ん』とふざけた回答しか返ってこなくて、ただただ苛立たされただけだった。
小岩賢一郎、山吉光太。それが、今日殺さなければならない二人だ。
密輸を終えた早朝、休む間もなく。佐野が言った通りに協力者として二名の日本人と現地人のワーカーが三名、待ち合わせ場所にミニバンでやって来る。理一は後部座席でリストにある顔写真をじっくりと見つめていた。
名前は完全に初見だったが、なんだか既視感がある。この二名は知り合いではないが、何か──記憶の奥で引っかかっている。
予定時間までじっと見ていたが、結局分からず仕舞いだった。
理一は車から降りて、小岩の散歩ルートで待ち伏せをする。
路地裏で壁に寄りかかって煙草を吸いながら待っていると、ターゲットが通りかかる。2センチほど短くなった煙草を地面で踏み躙り、表通りに出た。
「あの、すみません」
少し張り上げた声で呼び止めると、小岩が振り返った。写真で見た通りの少し小太りな中年で──やはり何か既視感がある。
「あなた、もしかして日本人ですか?」
頭の中で色々なことを考えながらも白々しく演技をすると、「ん? そうだけど……どうしたんだい」と愛嬌のある反応が返ってくる。理一は困り笑顔を浮かべた。
「あぁ、まさかこんな絶体絶命のタイミングで日本人と会えるなんて……実は、さっきスマホと財布をスられてしまいまして……友人と合流できなくて困ってるんです」
言うと、小岩が親身になって耳を傾けてくれる。
「飛んだ災難だね。この国には観光に?」
「ええ。さっき空港を出て、この街に着いた途端にコレですよ」
「あらら、可哀想に……それで、私はなにをすれば?」
「『nube ligera』というパン屋の隣が友人のアパートなんです。大変申し訳ないんですが、案内してもらえませんか……?」
申し訳なさを滲ませ、後ろ首を摩りながら懇願すると、小岩が腕を組んで斜め上を見上げる。
「あぁ、あの潰れかけのパン屋か……いいよ」
理一はパッと表情を明るくして見せる。
「すみません、本当にありがとうございます。今度お礼をさせてください」
「構わないよ。大変だね、君も。この国じゃ失ったものはもう戻ってこないからね」
「本当ですね。噂には聞いていましたけど……もっと警戒しておくべきでした」
小岩と隣り合い、雑談をしながら歩き出す。
理一が誘導したパン屋は、細い路地にあった。以前この通りで大きな銃撃戦が起きたため、かなりの死者が出た。そのせいでかなり閑散としてしまい、集客が見込めず潰れかけているのが現状だった。
かなり都合が良い。人の目もなければ、監視カメラもないのだから。
歩いていると、少し色褪せた赤いオーニングが見えてくる。その下にある扉には『close』の文字が書かれていた。
「なんだ、今日は休みか」
小岩が踵を返す前に。
「あなたも、警戒しておくべきでしたね」
密着しながら、小岩の薄っぺらいシャツの上から細い注射針を背中に刺して、筋弛緩薬を投与する。
「この国じゃ失ったものはもう戻ってこない」
首を捻った小岩が目を見開く。
間近で見た鼻や輪郭に見覚えはない。けれど、目元が誰かに似ていた。
──一体、誰だ。
崩れ落ちた小岩の肩を抱き、通りを抜けた先で待機していたバンに小岩を詰め込む。
「はい、次」
気怠げに言い放つと、バックミラー越しに運転手の日本人と目が合う。
「ほんと、手際いいですね」
佐野の部下なのか同僚なのか分からない青年──矢薙が無表情で感嘆していた。
矢薙はガタイが良く、顔も強面で、いかにもすぎる。コイツは実行犯に向いていないなと内心で評価する。
「……そりゃ慣れてるからね」
「適任ですね」
まるで内心を覗かれ、嫌味を言われているみたいで不気味だった。理一は鼻で笑い、「どうも」とあしらった後にもう一度リストを確認する。
山吉光太。彼は小岩とは違い、二十代半ばの青年だ。コイツも、どこかで見覚えがある。この目を知っている──心なしか、小岩に似ている気がした。コイツらは、なんなんだ──なぜ、思い出せない。
写真の顔を見つめ続け、記憶の底にダイブすると、あっという間に目的地に着いてしまった。
「じゃ、山吉とっ捕まえたら本格的に移動なんで」
「はいはい」
理一は相変わらず気怠げなまま下車し、靴のつま先をトントンと地面で叩いた。
──早く終わればいいのに。
二人を捕えた後、佐野が指定した場所──佐野が属する組織が保有しているビルだろう。その地下室で二人を射殺した。簡単だった。サイレンサーを装着した銃は大きな音を立てることなく二つの命を散らした。
服を脱がせてから遺体袋に入れるように佐野に言われたことを思い出し、大量の血が滴る布を剥ぎ取る。山吉は痩身であるため容易いが、小岩は小太りであるためにめんどくさかった。それらを含めた諸々の作業に追われている時。
「筿原〜」
受話器越しではない肉声で嫌いな名前を呼ばれて、眉根を寄せる。
理一は作業をやめて、立ち上がった。
「佐野、てめぇ」
「実際に会うのはかなり久しぶりだね。元気してた?」
久しぶりに会った佐野は髪が伸びているが、それ以外には変化があるようには思えなかった。
「……元気に見えんのかよ」
「うふふ、全然見えないねぇ。お仕事ご苦労様で〜す」
理一は舌打ちをした。引き続き衣服を剥ぎ取り、五人の協力を得て遺体袋に二人を詰め込んで、ようやく依頼を完遂する。
「相手、日本人ばっかじゃん」
「おおっ、よく気がつきましたねぇ。さすが四代目筿原組長」
冷ややかな目を向けるが、佐野はニコニコと笑っていて、全く通用しなかった。
ため息をつき、気になっていたことを問いかける。
「お前、ココと日本行ったり来たりしてんの?」
「ん〜……まぁね。来月も日本に帰る予定だよん」
「やっぱ今は夏木の下で働いてるんじゃないんだ」
「とっくのと〜に離れたよ。付き合いはめっちゃあるけどね。今は別の後ろ盾がいる」
言われて、この地下室をあらためて見渡す。佐野の指示で五人のワーカーが小岩と山吉を遺体安置室に運んでいた。
「コイツら、何に使うんだよ」
「だからぁ〜秘密です」
「……あっそ。じゃあ報酬だけは絶対支払えよ。じゃなきゃ次はお前を殺すぞ」
理一は吐き捨て、自身の体に血がついていないか確認してから荷物を持って地下室を出ようとした。
「なんか、変わっちゃったね」
背後から声をかけられる。
「あ?」
「昔のお前だったら、もっと警戒してたと思うよ。こんな得体の知れない仕事引き受けちゃってさ」
心拍数が上がる。
「余裕、ないんだ?」
佐野が後ろで腕を組み、前屈みで目を細めて笑っている。理一はぷいと顔を背けて、肩にかけたボストンバッグに視線を落とす。
「金が手に入るなら、なんでも良い」
「その考えが命取りになっちゃうかもよ」
ぐっと歯を食いしばる。
──コイツはなんなんだよ。一体、何を知ってんだよ。
勢いよく向き直り、佐野を問い詰めようとしたが、ポンと肩を叩かれて、「残りも頼みますよ旦那」とニヤニヤした顔に揶揄われると脱力してしまう。
──いいや、何も考えたくないだけか。自分が何に加担しているのか。間違った選択をしていること。なにもかも、どうでもいい。金さえ手に入れば。
西垣洸と、一緒に生きていくため。それさえ叶えば──守れればいいんだ。
見慣れた無表情を思い浮かべて、体が疼く。彼に抱きしめられると、心にあるどうしようもない恐怖が和らぐ。過ちを犯しても、彼自身がその理由になる。全部、コウくんのため。
早く会いたいと思うこの気持ちは、一体なんていう名前なんだろう。
地上に出れば、空は暗かった。
早く迎えに行かなきゃ。
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