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【3部】第15話 薄闇に続く道
寝室のテレビでサブスクリプションに接続して、何を見るかで悩んでいると、コウがベッドに座って何を考えているのか分からない眼差しでテレビ画面を眺めていた。ふと、目が合う。
「理一さんは夏木さんともテレビの話するの?」
「……いや。アイツとは趣味が合わないんだよね」
何を見るか決めかねたまま、コウの隣に腰掛ける。
「この一週間、アイツは何見てた?」
「日本のバラエティばっかり。たまに日本のドラマも見てたけど」
「面白かった?」
「別に。でも、言葉が分かると少しだけ安心する」
コウの横顔を一瞥してから、サブスクを一度閉じる。VPNアプリを経由して日本サーバーに接続し、もう一度サブスクを開いてログインし直す。そうしてコウにリモコンを手渡すと、画面は以前日本で見ていたものと全く同じものになっていた。
「じゃあ、今日はコウくんの見たいものを見よう」
「見たいもの……」
「何が見たい?」
コウはカーソルを動かし、トップ画面に出ている映画を順番になぞっていくが。
「……わかんない」
「なんでもいいよ」
検索画面を開くが、結局何も入力せず、コウは理一にリモコンを返した。
「理一さんが見たいと思うものが見たい」
「なんでよ、それじゃ意味ないじゃん」
「理一さんのこともっと知りたいから」
「僕だって君のこと知りたいよ」
コウが不思議そうに目線を向けてくる。
「どうして」
「君が大切だから」
伝えた言葉に対して嬉しそうにするわけでもなく、理一の言葉の裏に潜んでいる別の意味を疑い、コウは読み解こうと目線を下に沈めた。
「俺は……自分が何を好きなのか……何が気になるのか、やっぱり分からない」
理一の腕に細い腕を絡めて、肩に頭を預けてくる。
「理一さんのことが好きで、もっと知りたいってこと以外、俺には何も無いんだと思う」
理一はテレビを消して、コウを押し倒した。
「この前みたいに夏木にちょっかい出してないだろうね」
「……出してない」
「逆にちょっかい出されてない?」
「夏木さんの本棚、グラビア写真集がいっぱいあった。夏木さんはああいうお姉さんがいいんだと思う。あの人は俺に興味ない」
夏木の性癖は相変わらずらしく、理一はフッと笑った。
「アイツ、昔から巨乳好きだからね」
微笑んでいると、コウの手が伸びてくる。口端に指が触れ、頬に這い上がる。
「理一さんは」
予想だにしないことを問いかけられて、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべてしまう。
「好きそうに見えんの?」
コウはぼんやりするだけで何も言わない。そんなコウに覆い被さり、首筋に顔をうずめた。
「どうでもいいんだよ、僕からすれば……君以外の人間なんて、消えて無くなったっていい」
自分と同じボディソープの匂いがする。
「君がいれば、それでいいの」
コウの腕が理一の頭を抱きしめて、湿った髪に頬擦りされる。
「俺も理一さん以外、どうでもいい。俺の一番は理一さんだから」
いつか無くなってしまう、期限付きの慈愛に胸が苦しくなる。理一は確かめるようにコウに触れるだけの口付けをすると、応えるようにコウの口が開かれる。
リモコンを操作せずに放置していたせいで勝手に予告編の再生が始まるが、それも気に留めずに舌と舌を絡めながらコウの中にそそり立った自身のものを挿入して交わる。
久しぶりの性行だからか、いつもより中が狭く感じられた。そのことに安堵と執着心が湧く。コウもあまりの窮屈さに上手く息を吐けずにいたため、ゆっくり呼吸をするように促し、落ち着いた頃に優しく突いてやる。
きゅっと締め付けてくる中を行き来して、甘い快楽をお互いに分け合う。
柔い律動を繰り返しているとコウが手を伸ばして催促してくる。理一は仰せのままにと上半身を密着させて、細い腕が懸命にしがみついてくるのを享受した。
こんなにも求めてくるのに、こんなにも依存してくるのに──どうして、離れていこうとするんだ。
ただ快楽が鬩ぎ合うだけの時間。この青年が自分のものだと錯覚するためにひたすらに貪り、快感の果てに自分の種を植え付ける。
散々に奥を突かれたことでコウも背を弓形に反らしながら、服の中で達していた。
乱れた吐息のまま、再びコウの首筋に顔を埋め、口付ける。
「お金が貯まったらさ……こんな国とっとと出て、もっと穏やかな国で暮らそうよ」
細い体を抱きしめて、縋り付く。
「夜でも気軽に散歩に出かけられて……買い物も一緒に行けるようなさ」
次にコウの顔を覗き込み、汗ばんで張り付いた前髪を整え、撫でてやりながら慈しむように見下ろす。
「ねぇ」
洸は何も言わず、目を逸らした。
一緒に生きていこうと懇願し、どれだけ手を掴んでも冷酷に振り払われる。
理一は押さえ込んでいた支配欲がぶり返して、どうしようもない衝動に抗えなくなる。コウの体に分からせるため、激しくひと突きすると、小さな悲鳴があがる。
「君は僕のこと、恨んでるの」
「恨んで、ない……」
甘い雰囲気が徐々に削がれて、殺伐とした空気の中で乱暴になっていく行為。
コウの両手をベッドに縫い付け、苛烈なまでに腰を叩きつける音とコウの苦しげな嬌声を聞くと、自分の醜さを自覚させられる。愛するものを手籠にして、思い通りにさせようとする自分はまるで、人間のフリをした化け物だった。
「じゃあ、どうして僕を置いて行こうとするの」
奥をぐりぐりと刺激して、たまらない快楽を与えてやると、コウが涙をぽろぽろと溢して、首を左右しながら体を震わせる。
「君は、僕のこと好きだの愛してるだの言うくせに、僕のことを傷付けようとする。それなのに、恨んでないって?」
「理一さんは……俺の両親を、殺した」
最愛の人を犯し、貪るために動き続けていた身体がたった一言で封じられる。
「俺は……有理くんを殺した男の息子」
言葉の力で脱力させられると、掴んでいたコウの腕が手の中からするりと抜け出して、両の頬を挟み込んでくる。
「俺たちはお互いの罪の上に立ってる」
薄桃に色づいたコウの顔色にそぐわない冷たい目が見上げてくる。
「それが、二人一緒には幸せになれない理由……覆せないよ」
「嫌だ」
考えるよりも先に拒絶していた。頬にあった手が滑り落ちる。
「これからも、ずっと一緒にいよう。君がそばにいてくれるなら、もうなんでもいいよ。君が欲しいと思うものは全部手に入れるし、住みたい場所があるなら、そこに連れて行ってあげる。何も不自由させないから」
きっと、この子は欲しいものなんて無いし、行きたい場所もないんだろう。こうやって無意味に縋り付くのは、風を掴もうとするのと同じだ。
コウがまた首に腕を伸ばしてくるので、身を寄せてやると、しがみついてくる。対面座位の体勢になり、コウの大きな瞳が間近に迫る。
「隣にいることだけが、ずっと一緒にいるってことじゃないと思う」
一度頬に口付けられて、上目遣いで見つめられる。
「隣にいなくても、ずっと一緒にいられるよ」
何を言われているんだろう。
そんなのは、一緒にいるとは言わない。
違う、と反論しようとした途端にコウに口付けられ、言葉を絡め取られる。
ちゅ、と湿った音を鳴らしながら舌を吸われ、求愛される。口を離すことで対面する、無表情ながらも恍惚を感じさせる眼。
「有理くんと同じ」
どんどんと心音がうるさくなる。密着するコウにまで伝わって、まるでこの無表情に馬鹿にされているような気分にまでなってくる。
「理一さんは今まで、有理くんのことばかり考えて生きてきたでしょ」
コウは理一の反応を窺うことなく、べったりと身体にまとわりついて、甘く囁く。
「その隙間に、少しだけ俺を入れてくれればいいから」
──引き留められない。
理一は焦燥感に駆られながら、コウの身体を抱き返し、今ここに存在していることだけを確かめる。
──もう、ダメだ。一緒にいるには、この子から足を奪うしかない。
──どこにもいけないように、ずっと一緒にいられるように。
残り三人。
全員殺せば──コウくんと、ずっと一緒にいられる。
仄暗い決意が定まると、しつこいほどに繰り返されていた予告の音をやっと認識する。
耳障りだ。
自分の思う世界を手に入れるしか、救われる方法はない。
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