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【3部】第19話 逃げられない

 スマートフォンのマップを見ながら走っていると、不注意で通行人に肩をぶつけた。即座に罵声を浴びせられるが、全てを無視して走り続ける。  ──なぜ、コウくんは外に飛び出したんだ。夏木は何故止めなかった? 誰が、どうやって誘導したんだ。  走りながら考えを巡らせるが、そんなことを考えたところで何も解決はしない。  ──大丈夫、殺されることはない。あの子は、交渉材料として狙われているだけ。落ち着け、落ち着け。必ず、奪い返せる。  コウの居場所を示すピンはすでに停止していて、そこが目的地──拉致決行の現場であることが証明されていた。  辿り着いたのは廃工場。以前に抗争地となって、荒れ果てていた。立ち入り禁止のテープをくぐり抜け、敷地内に侵入すると、コウと共に罪を犯した日──筿原治を殺害した日を思い出して心臓がキュッと引き攣るような感覚を味わう。  ──お前を連れ戻すならまずは洸くんから、っちゅーコトで拉致しましょうって流れになった。  佐野の言葉を思い出し、すぐに自分の取るべき行動が脳裏をよぎる。  拉致をするなら、間違いなく車を移動手段に使う。  理一は駐車場を目指して荒廃した建物内を走り出した。  道中で弾痕で一部が破損したフロアマップを見つけ、ちらりと見る。以前は工場で、従業員もかなりいたからか、この施設は大きな駐車場を完備している。フロアマップ全てを頭に叩き込み、位置を把握しては再び走り出す。  自分だったら、駐車場の出口から近い場所に車を待機させる。きっと、組の奴らも同じはず。  息を切らせて駐車場にたどり着く。一度立ち止まり、後ろポケットに隠していたリボルバーを握りしめた。ガチガチと微かに手のひらが震えているのは、走った後だからだろうか。  理一は小さく息を吐き出した。  ──車を見つけたら、狙撃する。まずは運転手を殺す。相手は、僕のことも、コウくんのことも殺せない。連れ戻すのが目的なのだから。  辺りを警戒しながら、出口に近い場所にゆっくりと歩みを進める。  人を殺すことにうんざりしていたのに、今の自分には能動的な殺意が宿っていた。汚い手で大切なものに触れられる不快感、盗まれることへの強迫観念。全部をぶち壊したかった。  出口の手前。憶測通り、ようやくポツンと停車する車を一台見つけた。  歩みを進めるごとに鮮明になる。運転席の窓は空いていて、煙草をふかしている見知った男──筿原組の構成員が見えてくる。男は音楽をかけながら、背もたれを少し倒して寛いでいた。  理一はハンマーを起こして車に近づき、扉をコンコンとノックする。 「おっ、来たか──」  男が体を起こしてこちらに目を向けた瞬間に迷うことなく頭部を目掛けて発砲した。  血が飛び散り、男はだらりと助手席の方に倒れ込んだ。硝煙と血が混ざり合った匂いが漂う。  理一は震える息を吐いてからドアを開け、男を引き摺り出した。正面から見た時に死角となる柱に男の遺体を寄りかからせ、自身もその横で息を潜めて待機する。  心臓が高鳴って、勝手に息が上がっていく。殺意が抑えられない。目を閉じて自己統制をしていると、コツコツと革靴がコンクリートを踏む音が聞こえてくる。  柱から顔を少し出して確認すると、目が勝手に見開かれる。現れたのは、矢薙だった。  ──ほんと、手際いいですね。  この時に察する。矢薙が筿原組の一員として、儀式を監視する役割を担っていたことを。思い返せば、最後の一人を殺害する時以外、全て矢薙が同行していた。 「あ? どこいったアイツ」  矢薙が車の中を覗き込むと、訝しそうにしながらコウを車の後部座席に座らせ、「ほら、手当てするから待ってなね」と言ってトランクを開けようとしていた。飛び散った血は黒いシートの上に溶け込んで、凝視しなければ見えない。  理一はその背後に忍び寄り、銃口を突きつけた。 「矢薙」  呼ぶと、矢薙は焦るでもなく、面倒そうに横目をこちらに向けた。 「理一さん、遅いじゃないですか」 「お前、いつからうちの構成員なの?」  ぐい、と背中に銃口を食い込ませて恫喝する。 「何言ってんすか、昔からですよ」  矢薙は動じることなく、ほくそ笑んでいる。 「あーあ……アンタはこんなガキのために、全部を捨てたんすね。組の人間として、組織の未来が心配ですよ」 「黙れ、犬が」 「そう。俺は組の犬ですから、整形しろって言われたら整形でもなんでもするんすよ」  やっぱり、顔を変えてやがる。  矢薙という名前も偽名だろう。だが、正体を知る必要はない。 「へぇ、そうなんだ。じゃあ、死ねよ──」 「アンタは組から逃げられない」  ギョロリとこちらを睨む目を見た途端、筿原治を思い出し、一瞬思考が停止する。  あの人は死んだのに、生きている。あの人の意思を引き継いだ人間が、その意思の通りに動いている。  ──逃げられない。  筿原の手が幻影として背後から伸びてきて、首に絡まりつく。  理一はその気色悪さに戦慄する。絡まりつく筿原の思念を振り払い、救われたい一心でトリガーを引いた。パンッ、と音がしてトランク内に矢薙の血が飛散する。矢薙の重たい体はトランクにもたれかかったあと、人形のようにぐったりと倒れ込んだ。  理一は後部座席に足早で移動して、コウを視界に捉える。  そこには、左肩の衣服に血の広がった、青ざめたコウの姿があった。

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