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番外編
『おっ! 夏木くん、元気?』
受話器越しに聞こえた陽気な声は、危険信号そのものだった。
想定すらしていなかった穂高哲二の声に、咄嗟には返事ができず、背中に熱が籠っていくのを強く感じた。
『聞いたよ。夏木くんのお姉ちゃん、今は麻布でスナックやってんだってね?』
「はあ……話が見えないんスけど。何が言いたいんです?」
なぜ、この電話番号が分かったのか。誰かが情報を横流しにしているのかもしれない。筿原組と繋がりがある人物なんて、いないはずなのに。
ふと佐野の顔が頭をよぎるが、すぐに脳内から打ち消した。アイツは親友と言っていいほどの仲だ、裏切るわけがない。理一も組から離れたくて俺を頼ってきた。こんな馬鹿げたことをするはずがない。
犯人探しは後でいい。冷静さを欠かぬよう、頭の中で自分が有利になる受け答えを探すが。
『口裏合わせてくれりゃあ、お姉ちゃんには手ぇ出さないよ』
脅し。
自分には、理一だけではなく、過去に佐野巧美をも組から引き抜いた事実がある。己は、完全に筿原組を敵に回している存在と言える。
「えっとー……どうすれば見逃してらえるんスかね? あんま死にたくないっていうか」
詰みだった。姉を人質に取られてる時点で、言うことを聞くしかない。冷や汗がこめかみを伝い、焦燥感が湧く。
『素直でよろしい。やっぱ夏木くんは賢いね。そんじゃあ、洸くんを日本に連れ戻すから誘導してよ。あ、夏木くんは来ないでいいからね。洸くん一人で現場に向かわせてほしいのよ』
夏木は眉を寄せた。
「……彼をどうするつもりですか。まさか、殺すつもりじゃ」
『あはは。殺さない殺さない、今のところは』
──今のところは。
つまり、いずれは殺すってことじゃないか。
夏木はスマートフォンを握る手に力を込めた。
「理一が、勝手にあの子を巻き込んだだけじゃないですか……あの子が、一体組に何をしたっていうんですか」
『何をしたって……色々してるでしょ。あの子のせいで理一は狂ったんだよ』
「アイツが勝手に狂ってるだけでしょう!」
気がつけば、声を荒げていた。
『……妙に食ってかかるね。なに? 君も洸くんのこと好きになっちゃった?』
突拍子もない問いを投げかけられ、たじろぐ。
「そういうんじゃ、ないですけど……でも、あんな人畜無害な子に、なんでそんな……」
夏木はフラフラとソファまで歩み、腰掛けた。
『だから、殺さないってば。あの子が今死んだら、理一も後を追いかねないでしょ』
夏木はカチリと眼鏡を持ち上げた。
『口裏の合わせ方は君に任せる。理一さえ組に連れ戻せりゃあ、君の罪は不問にしてあげるよ。そっちでの生活も、アイツにとっちゃ良い経験になっただろうしね』
穂高は『俺が連絡したら洸くんの部屋に行ってよ。下準備があるからさ。じゃ、よろしくね〜』と一方的に通話を切った。
──ああ、おしまいだ。穂高さんの言うことを聞けば、理一を敵に回すことになる。穂高さんを裏切れば、姉さんが殺される。完全に板挟みで、四面楚歌だった。
この部屋を片付けないと、全部が終わった時に理一に殺される。この家に届くように手配していた洸くんの指輪も、配送先を変更しないと。
夏木は時計を見て、ため息をついた。
指輪を選んでいるときの西垣洸の表情を思い出すと、胸が痛んで、苦しくなってくる。
彼がテーブルで理一宛にしたためていた手紙を引き出しから取り出す。
体を売り続ける姉を救うことができなかった。
また、俺は。
誰も救えないのか。
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