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第6話 鏡
ディッカー候補として、管理官の立ち会いの下、初めて会った相手は、
想像していたよりずっと、
――自分の心を揺さぶった。
「それでは、ハーウッドさん、ウルラ殿。私はこれで退席いたします」
「はい。ご指導くださりありがとうございました。」
「――ありがとうございました。」
管理官の言葉に、教官からご指導をいただいた時の反射のようにして挨拶をすると、
自分の番い相手――ディッカーと対となる、ウルラとなる人物も、立ち上がって管理官に礼をした。
騎士なんだろうな。
ウルラの資質を持つ人とは、事務官とかそういう、騎士の現場に関わらない人々なのかと思っていた。
特に理由もなく。
だけど目の前、認識阻害魔法で、グエンには顔も声もわからない自分のウルラは、
しっかりと厚みのある、鍛えられた筋肉に身を包んだ男だった。
ふいと、酔っ払ってジェスに絡んだ晩の記憶が蘇る。
――同じくらい、厚みのある身体。
その人が今、番う相手として、目の前にいる。
「――大丈夫ですか……」
「――え」
声をかけられて、頭を抱えるような格好になっていたことに気がついた。
頭から、手を下ろして、顔を覆う。
初対面で、頭を抱える相手に何を思っただろう。
会うと決めたのは、自分なのに。
手のひらの下で小さく息をはいて、目頭を揉んだ。
相手は、こちらの顔は見えているのに。
姿勢を正して、背筋を伸ばす。
太ももに拳をつけて、きっちりと礼をした。
「すみません。――失礼なことを」
「――ふ、ふはっ」
相手から聞こえてきた笑い声に、面食らった。
せっかく整えた顔の制御を失ったのが、自分でもわかった。
「え、――なに」
戸惑って声を上げると、相手がこちらに手のひらを向けて、頭を下げた。
「ごめん――、申し訳ない。あんなに頭抱えてたのに、すごいなぁと、思ってしまって」
「ああ、――いえ……」
お互いに謝りあって、改めて、管理官が置いていった確認票を覗き込んだ。
「……これ。普通は、どういう感じなんでしょうね……」
書き連ねられた確認項目は、お互いの性的なことに関することがほとんどだった。
やむを得ないことだ。
これから、この、はじめて会った人と、セックスをするための話をする。
「普通だとか、そういうのはあまり。――そもそも、稀有なことですから」
相手の言葉に、胸の奥をドンと叩かれた気がした。
「そう……、――ですね」
手のひらで、口元を覆う。
確認票を上から読んで、ため息をついた。
チラと見上げた番い候補は、姿勢を正したまま、こちらを窺っているようだった。
自分から始めるべきだ。
全く誠実でないことを、これから言おうとしている。
だけど、言わない方が不誠実だから。
「――恋人は、いません。これまでもありません」
そうした自由は、グエンにはない。
迂闊に恋人など作っても、いずれ別れることになるし、
万一家にバレたら、すぐにでも家に都合の良い縁談をまとめられるに違いない。
まだ、そんなふうに家に紐付けられたくはなかった。
ただ――
「ただ……。すみません。本当は」
手のひらを、握りしめた。
どれほどグエンに自由がなくても、
心の置き所だけは、グエン自身にだってどうしようもない。
ジェスにとらわれた気持ちを、何度取り返そうとしたことか。
「――心に、決めた人がいます。」
でも、何度取り返そうとしても、どうしても無理だった。
なぜだかおかしくなって、口の端が歪む。
目の前の人は、先ほどまでと同じ姿勢のまま、静かにグエンの言葉を聞いていた。
「こんな心持ちで、誰かと番うことなど、よくないことはわかっています。ですが――」
「――よかった」
グエンの言葉を遮って、ポツリと言葉がこぼれた。
「よかったです。……私も」
そこで言葉が切れて、目の前の人は、鼻先を指でこすった。
首を少し傾げて、笑ったように感じた。
「私も同じです。……教えていただけて、良かった」
顔は、よくわからないけれど、
どうしてか、痛みをこらえるような笑い方に胸をつかまれて、
グエンは息を呑んだ。
この人も、叶わない恋をしている。
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